「KG+SELECT」が示した、写真の現在【レビュー 前編】

KG+SELECTは、KYOTOGRAPHIEのサテライト公募フォトフェスティバル 「KG+」から生まれたコンペティション型展覧会だ。今回のレビューでは、10年間にわたって多くの新しい才能を輩出してきたこのコンペに焦点を当てた。

 

春だ! KYOTOGRAPHIEへ行こう

京都で開催される「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」(以下、KYOTOGRAPHIE)は、いまや国内外の写真家やアートファンが集う春の風物詩だ。4月の開催日が近づく頃、SNSではこの国内最大規模の写真フェスティバルの話題で盛り上がっている。私は今回初めて訪れたのだが、各所で知人と再会したこともあり関心の大きさを改めて実感した。とはいえ目的は旧交を温めることではない。新しい才能との出会いであり、著名な写真家や作品の見方を再発見することにある。

今回のメイン企画は「HUMANITY」というテーマのもとに、マーティン・パー、グラシエラ・イトゥルビデ、石川真生、JRなど14組の著名な作家による個展である。彼らの展示は、フェスティバルの特徴である伝統的な町家や歴史的な建造物で大規模に行われ、前評判も高かった。例えば京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)& 1Fで開催されたJRの「Printing the Chronicles of Kyoto」は圧巻だった。定型的なJRのスタイルは、セノグラファー(空間演出家)の高度な手腕によって、京都という地域の豊かさを改めて体感させるものとなっていた。

JR「Printing the Chronicles of Kyoto」
展示会場:京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)& 1F
撮影:©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025

メイン展のなかで最も興味深く見たのは、ギャラリー素形で開催された台湾の劉星佑による「父と母と私」だった。高齢の男女が衣装を入れ替え、実家の農村を含むさまざまな場所で結婚式を演出した様子を撮影したシリーズである。タイトルの通り、その男女は劉の両親であり、実家で見つけた二人の結婚写真がきっかけになっている。

劉 星佑(リュウ・セイユウ、台湾)「父と母と私」 KG+SELECT Award 2024 Winner
展示会場:ギャラリー素形
撮影:©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025

作品中、父は赤いウエディングドレスを、母は軍服を思わせるモスグリーンの上下を身に着けており、奇妙なユーモアとシニカルさが溢れている。赤は中華圏の伝統的な祝いの色であり、モスグリーンは軍服を連想させる色。それは台湾の歩んできた複雑な近代史、日本統治時代やその後の国民党時代、そして今日の状況までを象徴するようである。

その反面、現在の台湾は、アジアで初めて同性婚を合法化したことでも知られるように、先進的な人権政策をとっている。そのような社会の中で、ジェンダーをテーマとしてきた劉は、彼個人の性自認と自身の家系的なアイデンティティの関係を描き直そうと試みている。こうした身近な存在とのコラボレーションによるアイデンティティの探求は、「KG+SELECT」のファイナリスト作品にも多く見られた。実際、劉星佑も昨年のアワード受賞である。

劉 星佑(リュウ・セイユウ、台湾)「父と母と私」 KG+SELECT Award 2024 Winner
展示会場:ギャラリー素形
撮影:©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025

国際公募コンペ「KG+SELECT」に注目

KG+SELECTは2015年に「KG+AWARD」として始まった国際公募展で、4年後に現在の名称に変更されている。応募条件は開かれたもので、年齢、キャリア、国籍などは問われない。提出されたポートフォリオは国際的に活躍するキュレーターやディレクターにより審査される。今回の審査員にはKYOTOGRAPHIE共同創設者・共同代表のルシール・レイボーズと仲西祐介に加え、欧州と日本を拠点に活動する女性のキュレーターおよびギャラリーディレクター、アンドレア・ホルツヘル、エレナ・ナバロ、綾智佳が名を連ねていた。ファイナリスト10組に選ばれると制作補助金として20万円が支給され、コンペティション型展覧会へ参加でき、ステートメントをまとめたブックレットも発行される。

さらに展覧会での審査を経てアワードを獲得すると、翌年のKYOTOGRAPHIEでの展示機会が与えられ、50万円の追加制作奨励金と多角的なサポートを受けることができる。劉星佑の個展も、このシステムによってより充実したことは想像に難くない。

今年のKG+SELECTは堀川御池ギャラリーで、4月12日~5月11日までの1カ月間開催された。ファイナリストはフェデリコ・エストル(ウルグアイ)、ヴィノッド・ヴェンカパリ(インド)、何兆南(中国)、リティ・セングプタ (インド)、ソン・サンヒョン(韓国)と、日本の牟禮朱美、奥田正治、南川恵利、時津剛、西岡潔の10名。海外と日本、それぞれ5名ずつが選出され、いずれも熱量を感じさせる展示を見せていた。

このような公募展の魅力は、作家の表現上の問題意識や社会的背景の多様さを知れると同時に、同時代を生きる者として共通する課題が見えてくる点にある。それは社会的なものであると同時に、表現のコンセプトに深く関わってくる。

とくに現代はSNSの影響でフォトジャーナリズムの力が弱まった反面、美術では社会問題をテーマとする潮流が強まっている。かつて写真がメディアで担っていた実践的な役割も美術的な行為として再評価され、その観点から写真史が読み直されるということも起こっている。このふたつの領域を分割していた境界は、いまや大きく重なりあう。このような傾向を最も象徴していたのが、アワードを獲得したフェデリコ・エストルの「SHINE HEROES」だった。

 

フェデリコ・エストルの逆説的なヒーロー像

「SHINE HEROES」は、ボリビアの首都ラパスに隣接する都市エル・アルトで働く靴磨き職人たちを、アメコミのヒーローに見立てたヴィジュアル・ストーリーだ。その物語を際立たせているアイテムは、靴磨き職人が使う小さな手鏡である。エストルは鏡の反射を、まるで必殺のビームのように見立ててイメージを構築した。また展示には写真のほか、イラストや稲妻のグラフィックなどで構成され、その世界観が強調されていた。

フェデリコ・エストル「SHINE HEROES」
KG+SELECT Award 2025 Winner
展示会場:堀川御池ギャラリー
会場撮影@Yuki Nakazwa ©KG+2025

この発想は、職人たちの装いに触発されたものなのだろう。彼らは一様にスキーマスク(目だし帽)で顔を隠し、道具箱片手に、大きな高低差のある街を飛び回る。素顔を隠す理由は、ボリビアではこの職業が社会的に差別されているからだ。学校や地域社会で差別を受け、養うべき家族を巻き込んでスティグマ(汚名)を負うことになる。だが、だからこそ彼らはヒーローに見立てられるべき資格を持つとも言える。X-MENやバットマン、あるいは初期の仮面ライダーのように、本来のヒーローはスティグマと過剰な力のために素顔を隠し続ける存在でなければならない。

フェデリコ・エストル「SHINE HEROES」より

作家のステートメントによれば、靴磨き職人とのコラボレーションによるこのプロジェクトを始め、すでに3年が経つ。今や本職よりも写真集やポストカードの方が、多くの収入となったという。つまり「SHINE HEROES」は写真による社会的実践として、すでに成功を収めているのだ。

このエストルのアプローチは、かつてのフォトジャーナリズムのキャンペーン的な手法とは大きく異なる。報道写真がメディアを通じて社会的議論を喚起した時代には、被写体が過剰に消費されることもあった。しかし今日では、被写体とのコラボレーションを前提とした表現が主流となりつつある。そのプロセスはより地道で遅いものになるだろう。だが、その存在感は靴磨き職人の鏡が放つ一瞬の光にも似ている。小さいが鋭く、遠く離れた京都にまで届くのだ。

写真評論家 鳥原学

イベント概要:
・KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025
会期:2025年4月12日(土)〜5月11日(日)
会場:京都新聞ビル地下1 F (印刷工場跡)&1F、ギャラリー素形ほか
主催:一般社団法人KYOTOGRAPHIE
https://www.kyotographie.jp/

・KG+SELECT 2025
(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 サテライトイベント 公募型フォトフェスティバル
コンペティティブ型展覧会)
会期:2025年4月12日(土)〜5月11日(日)
会場:堀川御池ギャラリー
入場無料
主催:一般社団法人KYOTOGRAPHIE
Supported by SIGMA
https://kgplus.kyotographie.jp/

レビュー後編

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