「眼」を見に行ったら逆に見られた! ―展示『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~』
マルチメディアアートの巨匠による日本初の大規模個展『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~』に行って来ました。正直、行く前は「プロジェクションマッピングの元祖か~」くらいの軽い気持ちでした。まさかこの展覧会に完全に見透かされるとは… 物理的にも、精神的にも。
いきなり「眼」に囲まれる
会場に入ってまず出迎えてくれるのが、代表作《スペキュラー》です。暗闇の中に大小さまざまな「眼」が浮かんでいるインスタレーションなのですが、こちらが作品を鑑賞しているつもりが、いつの間にか眼球たちに品定めされているような感覚に陥ります。美術館で「見る」と「見られる」の主導権を握られる体験はなかなかできません。「み、見てないですよ?」と思いながら眼の間を通りました。
しかも厄介なことに、この眼たち、まばたきのタイミングも視線を送る方向もバラバラなんです。一つの眼から逃げるように視線を逸らすと、今度は別の眼とバッチリ目が合う。まるで教室で先生に「今日の授業でわからないところある人?」と聞かれた時のような、あの全方位から見張られている緊張感が蘇りました。正直、展覧会の序盤にしてすでに精神的な体力を持っていかれた気がします。
面白いのは、しばらく眺めていると「見られている」という被害者意識がだんだん薄れて、逆に「この眼、今日は機嫌が良さそうだな」とか「あっちの眼、なんか眠そう」など、勝手に感情移入を始めてしまうことです。作品側は特に何のストーリーも用意していないはずなのに、こちらが一方的に眼たちのキャラクターを妄想し始める。この「見られる側から、無意識に物語を与える側」への切り替わりこそが、アウスラー作品の一番の罠なのかもしれません。
《スペキュラー》
た、たまごっち…?
続いて出会う《カリカチュア》。作家ご本人いわく「日本の『たまごっち』に着想を得た」とのことですが、たまごっちがここまで自我を持ち始めると、正直ちょっと怖いですね。表情はコロコロ変わるし、何やらブツブツと囁いてくるし、「可愛い」と「不気味」のはざまを彷徨っている感じ。人工物についつい「心」を感じてしまう人間の哀しい性(さが)を、ユーモアと毒を交えて的確にからかわれている気がしました。
しかも困ったことに、こちらが立ち止まってじっと見ていると、向こうも「あ、見てるな」と言わんばかりに表情のテンションを上げてくるんです。無視して通り過ぎようとすると急に静かになる。まるで小学生の頃、飼っていたハムスターに構ってほしくてケージをコツコツ叩いた記憶が蘇りました。あの時のハムスターも、たぶん私のことをこんな目で見ていたのだと思うと、急に申し訳ない気持ちになります。
「たまごっち」を卵から孵して名前をつけて、餌をあげて、うんちの世話をして……という一連の「お世話労働」を思い出しながらこの作品の前に立つと、感慨もひとしおです。私たちはもう何十年も前から、画面の中の「顔」に振り回される訓練を積んできたのだな、としみじみしました。
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《カリカチュア》
ちなみに筆者は3年前の別の展示で「たまごっち」に出会っていたのですが、表情が違うのでどうやら別人(?)のようです。運命の再会とはいきませんでしたが、新しい出会いができて嬉しいです。
四半世紀寝かせたワイン、まさかの開栓
今回の目玉のひとつが、デヴィッド・ボウイとグレン・ブランカが参加した《空(くう)》(東京版)の世界初公開です。映像自体は1999〜2000年に撮影されたものだそうで、「四半世紀熟成させたワイン、まさかここで開けるのか」という贅沢なサプライズを受けました。撮影当時、ボウイもブランカも「まさか2026年の虎ノ門で初披露されるとは」と想像もしていなかったでしょうし、こちらも「四半世紀前のロックスターと今、同じ部屋で息をしている」というのはなかなか得難い感覚でした。
暗い部屋に足を踏み入れると、低くうねるような音響と、断片的に浮かび上がる映像がじわじわと押し寄せてきます。ボウイの声が聞こえた瞬間、思わず「ご本人……?」と身構えてしまったのですが、よく考えたら、もちろんご本人です。伝説のロックスターの語りに包まれながら、なんだか異界からの手紙を受け取っているような、不思議な気分になる一室です。この部屋だけ時間の流れる速度が違う気がして、出てきたら時計を二度見してしまいました。
《空(くう)》(東京版)
天井高15mが生んだ、愛すべきオタク気質
そして本展のための新作《キメラ》。未確認生物や都市伝説の資料をもとに、さまざまな「キメラ」たちが虎ノ門の上空を漂うという、天井高15mのドーム空間を目一杯使った大作です。見上げた瞬間、思わず「うわあ」と声が漏れました。首が痛くなるのも構わず、しばらく真上を向いたまま突っ立っていたのですが、周りの人たちも同じポーズをしていたので、きっと私だけではなかったはずです。
生き物たちは輪郭がゆらゆらと揺れながら合体したり分裂したりを繰り返していて、「これは河童の系譜か」「いや、それにしては足が多すぎる」などと勝手に鑑定士気分になってしまいました。都市伝説やUMAの資料を大量に集めて、それを大真面目に一つの生態系として組み上げてしまう発想が、もう最高にオタク気質です。この「好きなものを本気で偏愛した末に生まれる作品」感、個人的にとても好きです。日常のどこかに一体くらい紛れ込んでいてほしいと本気で思いましたし、通勤中の空に一瞬でも見えたら、その日一日のテンションが変わる気がします。
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《キメラ》
認知がバグる部屋も見逃せない
《ロック2、4、6》では、映像と音のズレを通じて自分の「認識」がどう組み立てられているかを体感させられます。あちこちから聞こえる声と、目の前の映像が微妙に噛み合わず、「あれ、私は今何を見て何を聞いているんだっけ」と軽く迷子になります。自身の情報処理能力が試される一室です。
最初は「どの声とどの映像が対応しているんだろう」と真面目に答え合わせをしようとするのですが、これがまったく上手くいきません。右から聞こえた声に反応して振り向くと、そこには無関係な映像が流れていて、逆に正面の映像に集中しようとすると、耳は勝手に別の方向の音を拾ってしまう。まるで複数人に同時に話しかけられて、どの人にも中途半端な相槌しか打てない飲み会の隅の席のような気分でした。これは聖徳太子じゃないと難しいでしょう。
そのうち「対応関係を見つけよう」という努力そのものを諦めると、不思議と部屋の居心地が良くなってくるのが面白いところです。普段いかに「見えているもの」と「聞こえているもの」を脳内で強引に一致させて世界を理解した気になっているか、答え合わせを放棄した瞬間に思い知らされました。展示室を出たあとしばらく、電車の中の雑多な音と車窓の景色がうまく結びつかず、変な浮遊感を引きずっていたのも、この部屋の余韻だったのだと思います。
「我こそは令和の聖徳太子だ」という人も、浮遊感を楽しみたい人も、ぜひこの部屋に挑んでみてください。
《ロック2、4、6》
鑑賞後も終わらないユニークな体験
会場を出たあとは、館内のコラボカフェでほっと一息ついてはいかが?筆者が行った時はあいにく貸し切り営業中だったためいただけませんでしたが、《スペキュラー》の目玉がモチーフとなったドリンクや、本展のテーマのひとつ、「魔術」を体感できる色の変わる魔法のカクテルなどユニークなメニューが楽しめます。ドリンクよりも会場の「眼」のほうがまだこちらを見ている気がして、なかなか味に集中できなさそうですが…それくらい強烈な余韻を残す展覧会です。
’彼ら’に見透かされたいそこのあなたはぜひ虎ノ門へ!
トニー・アウスラー展は、自分の顔面と精神を作品たちに見透かされたい方や自称・聖徳太子には特に自信を持っておすすめします。見終わったあと、しばらく人の「目」や「声」が気になるようになるかもしれませんが、それも含めて貴重な体験でした。
※本ページで掲載している写真は、すべて筆者が撮影したものです。
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《展覧会情報》
『トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~』
会期:2026年7月3日(金)〜9月27日(日)
時間:10:00-19:00(金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
会場:TOKYO NODE GALLERY A/B/C
料金:一般:2,400円/大学生・専門学校生:1,400円/中学生・高校生:800円