「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ⑤

ゲルハルト リヒター作の一枚の絵『雲』について

こんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。

今回、第5話ではドイツの現代美術作家 ゲルハルト リヒター(Gerhard Richter)の作品についてご紹介します。
まさに現在進行形の作家の登場です!

まずはこちらの『絵』をご覧ください。

ゲルハルト リヒター(Gerhard Richter)『Reader』 1994年制作 油彩画 サンフランシスコ近代美術館所蔵  ※画像引用元:サンフランシスコ近代美術館

「これは絵なのですか?」という声が聞こえてきそうです。そう、写真のようですが、描かれている油彩画なのです。
まるで写真のように写実的に描かれたこの作品は、たいへん興味をそそられますね。

描かれたモチーフは手に持った何かを読んでいる人の横顔にフォーカスされた姿です。特別な瞬間という感じもないです。
サンフランシスコ近代美術館に所蔵されているこの作品は、まさに写真のような絵。現代人にとってはごく日常的な「写真」が鑑賞者の目の前に、描かれた「絵画」として存在します。
「絵画」と「写真」のイメージの双方の間で、私たちはこの横顔につい見入ってしまいます。

作品を描いたゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter 1932年2月9日 旧東ドイツ・ドレスデン生まれ)氏は、ドイツ生まれのアーチストです。
現在ご高齢ながら、現役で世界的に活躍している現代アート作家です。そして彼の作品形態は多様であり、どれも表現にインパクトを持っています。

何を描いているのかが具体的である「具象的」な絵画作品も多いリヒターですが、他方で次にあげる作品のような抽象絵画も数多く描いています。

ゲルハルト リヒター(Gerhard Richter)『Abstract Painting』1992年制作 キャンバスに油彩 140㎝×100㎝ ※画像引用元

この作品の表現はキャンバス上で多彩な油絵の具を、大型のヘラ(スクージー:細長い直線状の板にゴム製のブレードを取り付けたもの)を横方向に動かして作られています。
いろんな色彩の絵の具が混じり重なり合い、複雑な画面が出現しています。鑑賞する側に様々な感情を想起させるインパクトがありますが、作品タイトルにあるように、Abstract Painting『抽象絵画』作品です。

現在現役で活動されている美術家に共通して言えることですが、彼の作家活動もそして作品自体も大変パワフルです。

さらに彼の作品は絵画に留まりません。

ゲルハルト リヒター(Gerhard Richter)『7Panes of Glass』 2017年9月21日~2018年2月18日 S.M.A.K. -Stedelijk Museum voor Actuele Kunst (ヘント市立現代美術館)にて作品発表 ※画像引用元

この作品はタイトルが示すとおり、7枚のガラス板がお互いに寄り掛かるように組まれたシンプルな立体作品です。

素材がガラスなので向こう側(壁面にはリヒターの作品が展示されています)が透けて見えるだけでなく、照明の光とともに格子上の天井が映り込んでいます。
こうした展示空間の状況を複数のガラス板を置くという行為で見る側に提示する作品も彼は手掛けているのです。

ガラスという質感とともにお互いで支え合って形態を保っているこの作品にはたいへん緊張感があります。ガラス板すべての表面は周囲を様々に反映しており、おそらく鑑賞者は作品の周囲をゆっくり廻ってみたくなりそうです。
近づけば鑑賞者自身の姿もこの作品が反映することでしょう。

鑑賞する側を作品自体が動かせてしまう。これは展示空間と作品との相互作用だけではなくて、作者であるリヒターの意図でもあると感じます。
見ている鑑賞者 ↔︎ 見ている作品、その両者の関係を問おうとするアプローチなのではないでしょうか。

ここで絵画の進展について少し述べたいと思います。前回ご紹介したセザンヌの絵画の際に触れましたように、19世紀後半フランスの印象派の時代からモネなどの画家たちは、見えているもの→それは光の作用であり絶対的なものではない、時間の変化・光の変化で見え方が変わり、見ているものは変化していくと解釈しました。
この認識の変換は美術史上の大きな作用となりました。

その変化すること=「変化」自体に普遍性を捉えようとして描くのが印象派とそしてその継承者たちの後期印象派の画家たちでした。

絵画とは=キャンバスに「物語やモチーフを描画する」ことから、「キャンバスは絵画空間であり、作者の意図で自由に捉えて描くことができる」とし、「ならば、画家にとって『何をどう捉えるか』が重要」という認識の変遷であり、絵画においてのパラタイム・シフト(根本的な転換)です。

こうした絵画史上の革新の延長線上に、この現代美術作家であるリヒターは「ドイツ」においての近現代史上のさまざまな出来事を意識しながら、絵の具で描く具象表現や抽象表現、またその領域にとどまらず、写真と絵画の融合、印刷、ガラス板、鏡、さらに映像をなど取り込んで表現が多岐に及んでいます。その特徴は「視覚的イメージとそれを見る側の視線・認識を問う」ことへのアプローチだと言えそうです。

ここで、今回の作品はこちらです。

大空に仰ぎ見える雲を写真のように描いた「雲 [ Wolken ]」のシリーズはたいへん有名です。
写真に映る雲を少しピンぼけの状態で大きなキャンバスに描いた油彩画です。

この作品の前に立つ鑑賞者は「雲」を見ているのか、はたまた何を見ていることになるのでしょうか、そのあたりを貴方も実際に体感したいと思いませんか?
~実は私は彼の作品に少なからずの影響を受けています。ここでご紹介し、実物の作品をご覧いただくきっかけとなればと思っています~

油彩画『雲』もそしてリヒターの作品がこれから実物を鑑賞できます!

展覧会情報

「自然と人のダイヤローグ」展 フィードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで
会 期:2022年6月4日(土) ~9月11日(日)
場 所:国立西洋美術館(東京・上野)
※リニューアルオープン記念企画 日時指定予約制

ゲルハルト・リヒター展
会 期:2022年6月7日(土)~10月2日(日)
場 所:東京国立近代美術館(東京・千代田区丸の内公園)

 


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