PicoN!な読書案内 vol.3

この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は、カルチャー界で最注目されるグラフィック・ノベリストの自叙伝をご紹介。

『長距離漫画家の孤独』
エイドリアン・トミネ著 長澤あかね訳(国書刊行会)

「グラフィック・ノベル」という言葉を聞いたことがあるだろうか?アメリカ発のコミックジャンルで、物語性や芸術性の高い、長尺の絵と文字で成り立つ、主に大人の読者を想定した作品と言われている。
エイドリアン・トミネは1974年カリフォルニア州出身の漫画家。リアリズムを基本とした作風で、10代の頃から執筆活動を行い、長年グラフィック・ノベルの旗手として活躍してきた。漫画だけでなく『ニューヨーカー』の挿画や、インディー・ロック系バンドのCDジャケットのイラストレーションでも知られ、近年では代表作が映画化される(ジャック・オディアール監督『パリ13区』2022年4月日本公開)など、注目が集まっている。

『長距離漫画家の孤独』は、そんなトミネの作家生活の回想録となっている。
本作は、「漫画界のアカデミー賞」と呼ばれるアメリカのアイズナー賞で、最優秀自伝賞・最優秀装幀賞の2部門を受賞した。
タイトルである長距離漫画家の孤独(原題:The loneliness of the long-distance cartoonist)は、イギリスの小説家アラン・シリトーが1959年に発表した短編『長距離走者の孤独(原題:The loneliness of the long-distance runner)』から採ったものだろう。

長距離=つまり長年漫画を描き続けてきた人の孤独。漫画家の「孤独」と聞いて、皆さんが思い浮かべるのはどんな事だろうか。物語を生み出すまでの机の上での地道なアイデア出し、理想のイラストを書き上げるためにかける時間…制作する上でのさみしさのようなものは苦労があるだろうなと想像が出来る。しかし、トミネが本作でフューチャーするのは、「日常で感じる孤独感」である。

幼い頃から漫画が好きだったトミネ。将来の夢は漫画家。
夢を叶えたトミネだが、漫画家仲間や関係者・ファンとの些細なやりとりの中で、何度も気まずい瞬間に遭遇する。自分を良く見せようとして失敗したり、ヒット作を出したが関係者に認知されていなかったり、皮肉や嫌なことを言われたり…そのたびに屈辱感にさいなまれるのだった。
華やかで夢のある世界とは裏腹に、見せたくない姿・かっこ悪い姿の連続である。その飾らなさは、日常をテーマに作品を手がけてきた彼ならではの視点で、悲哀に満ちていながらユーモラスでもある。

自叙伝や回想録というとターニングポイントになった作品を想像するが、前述した通り、作品に関する描写は一切出てこない。しかし、作品の外側のある出来事がターニングポイントとして描かれる。人生を漫画と共に過ごしてきた長距離漫画家の彼が放つ言葉だからこそ、リアルで胸に響く。

 

そして魅力的なのが装丁だ。

ゴムバンド付きのハードカバー。イタリアの手帳ブランド、モレスキンノートブックのそのままの見た目である。
実際にカバーを開くと、方眼紙のノートにそのまま漫画が描かれている。

白黒のイラストに余白あるコマの使いかただからこそ、全てのエピソードが少し可愛らしく、どこかスタイリッシュにも見える。
実はこの装丁には物語とリンクしており、しっかりとした理由がある。それは終盤に明らかになる。

ちなみに本作は、数々の注目作を手がける映画会社A24でアニメ化が決定しているという。制作陣は『ミッド・サマー』のアリ・アスターのプロダクション。ワクワクしているファンも多いのではないだろうか。
漫画家を目指す人だけでなく、好きなもので仕事をしていくと決めたクリエイターには、是非読んでほしい一冊だ。

文・写真:ライター中尾

 


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