PicoN!な読書案内 vol.8 ― 『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』『ジブリの仲間たち』
この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。今回は、スタジオジブリの軌跡をまとめた新書。
昨年訪れた美術展の中で、展示量に圧倒されて非常に印象的だったものが、『鈴木敏夫とジブリ展』だ。
(2019年に初開催されたものが好評で、展示品を増やすなどバージョンアップして2022年夏に天王洲・寺田倉庫にて開催。今年は岩手・福岡での巡回展を予定している。詳細は公式サイトより)
スタジオジブリのプロデューサーとして数々の名作を世に輩出してきた鈴木敏夫氏にスポットを当て、彼の生い立ちや経歴、作品誕生秘話を辿っていくといった内容だった。
膨大な設定資料、コンテや企画書、鈴木氏直筆の手紙のやりとりなど、会場でしか見ることができない貴重な資料の数々に終始心が踊ったとともに、誰もが知る大ヒット作品も、地道な活動の積み重ねで出来上がっていることに感動した。
特に、ジブリの作品制作秘話は非常に面白く、どの作品も痺れるようなエピソードばかり…
もっと詳しく知りたいと思い、調べて手に取ったのが今回紹介する2冊だ。
①『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』鈴木敏夫・著(新潮社)
②『ジブリの仲間たち』鈴木敏夫・著(新潮社)
①『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』
高畑勲氏と宮崎駿氏両名と鈴木氏の出会いから、スタジオジブリがどのように生まれたのか。『風の谷のナウシカ』から始まり、『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』といった80年代の代表作から、世界へ進出していった『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』、2010年代の名作『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』…ジブリ20作品の制作秘話が鈴木氏の視点から語られた内容だ。
ジブリがヒット作ばかりなので作品の前情報があり各作品のエピソードが理解しやすいというのもあるが、宮崎作品と高畑作品それぞれの個性や、常人では成しえない創作方法や工夫、作品に妥協しないその熱量に、ページをめくる手が止められず、一気に読んでしまった。
また、制作スタジオが出来た昭和から、平成、令和といった時代の流れにおけるアニメーション映画の立ち位置も本書から読み解けるのが興味深い。両監督と伴走してきた鈴木氏だからこそ語れるリスペクトの深い話ばかりだが、宮崎吾朗氏が初監督を務めた『ゲド戦記』についての話もとても良かった。スタジオジブリが時代の変化と共に、少しずつ体制や形を変えて作品制作と向き合っていることがよく分かる一冊だ。
②『ジブリの仲間たち』
先に紹介した①はジブリ作品の制作秘話を振り返るものだったが、こちらはそれを「広告・宣伝」の視点からまとめたものだ。
鈴木氏によると、1980年代すでに映画産業は既に斜陽化していたので、いかにお客さんに来てもらうか・映画をどう売るか、常にあの手この手を使って工夫してきたとのこと。
企業タイアップから生まれた作品や、主題歌や声優の起用、ポスターのコピー案採用、配給会社やテレビ局への営業など…配信やインターネットメディアとの接点が多い現代とは異なるが、当時の作品宣伝への画期的な取り組みはその後の映画作品の宣伝手法にも影響与えたのだろうことが容易に想像できる。
本書の鈴木氏の言葉で好きなのが「宣伝とは仲間を増やすこと」というものだ。良い作品が出来ても、成功するわけではない。ヒットの裏には企画実現のために奔走した協力者が多数いる。作品への熱量で仲間集めをしていく鈴木氏の行動は非常に爽快で、読者にもパワーを与えてくれる。
また、常に仕事に真剣に向き合う人物ばかり出てくる中でユーモラスな場面もある。とりわけ面白かったのは、『崖の上のポニョ』で主題歌を歌う広告マンとの長い縁だ。
アニメーションや映像制作が好きな人だけでなく、広告業界に関心がある人やビジネスマンにもオススメの一冊だ。
スタジオジブリは今年、宮崎駿監督による最新作『君たちはどう生きるか』の公開が予定されている。ジブリの哲学が詰まった本書を、予習にしてみてはいかがだろうか。
文・写真:ライター中尾