PicoN!な読書案内 vol.5

この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は、2022年ノンフィクション本大賞を受賞したことでも話題の一作。

『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』
川内有緒著(集英社インターナショナル)

「目の見えない人がアートを鑑賞するとはどういうことだろう?」本書に登場する白鳥健二さんは、全盲の美術鑑賞者だ。著者であるノンフィクション作家の川内氏は、友人の紹介で白鳥さんに出会い、白鳥さんと友人と一緒に美術館でアートを鑑賞することになる。

白鳥さんのアートの鑑賞方法は、目の見える人と一緒に美術館に行き、目の前の作品がどう見えるか話をしてもらう、というスタイルで、年に何十回も美術館に通っているそうだ。

はじめて白鳥さんと訪れた美術館で、川内氏は自分が選んだ絵が何の絵なのか、どんなものが見えるか話をしていく。
様々な絵を見ていくうちに、自分がAだと思っていたものが友人にはBに見えていたり、人により見るポイントが全く違うことに気づいていく。白鳥さんという存在がいることで、これまでの美術鑑賞にはなかった不思議な感覚を体験するようになる。

川内氏は白鳥さんと一緒に様々な美術館を訪れながら思索を巡らせ、物語は展開していく。

 

本書の中には実際の美術展や著名な絵が数多く登場する。ピカソやモネ、エドワード・ホッパーの作品から、クリスチャン・ボルタンスキーのような現代アート、大竹伸朗など日本の芸術家…(私自身も過去に自分で訪れた美術展が多く、展示会を再体験する気持ちにもなった)
掲載されている挿絵を見ながら、「もし白鳥さんにこの絵を説明するなら自分はどのように話すだろうか?」と考えることもできる。

また、白鳥さんは、作品の説明をしてもらう際に、正解の解釈ではなく、その人がその人自身の言葉で語ることに魅力を感じるという。そこで相手のことをより深く知ったり、自分のこともより理解するきっかけになり、思わぬ話の広がりや驚きがあるからだ。
それは、人と人とが接する面白さであり、お互いの分からない部分を楽しむということが、最短距離で正解を知ることよりも、ずっと豊かで有意義であることを教えてくれる。

(以前、美術館に行くのが趣味だと人に話したとき、その習慣がない人から「絵ってどう見ているの?」と聞かれたことがある。聞くとその人は、絵の見方が分からないという。そこに正解はなく、見方は自由なのだろう。)

ちなみに白鳥さんのアート鑑賞以外の活動も、大変ユニークだ。マッサージが得意だったり、写真が趣味だったり…著者の川内氏は三好大輔氏と共同監督となり、2023年3月に白鳥さんを追ったドキュメンタリー映画が公開も予定されているそうだ。

白鳥さんの活動を通して自分の物の見方を知るだけではなく、本書では自身の固定観念や傲慢さと向き合い、その先の他者と同じ時間を過ごす幸福に気付かされる。

本編のラストでは、白鳥さんが幸せを感じる瞬間について話される。それはきっと誰もが共感でき、人生の温かく尊い場面を思い出すきっかけになるだろう。アートが好きな人だけではなく、自分の考えを話すのに自信がない人や、物事の正解に悩む人に是非手に取ってみて欲しい。気持ちが楽になり、読後は大切な人に会いたくなる一冊だ。

文・写真:ライター中尾

 


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