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【連載】時代を写した写真家100人の肖像 No.47 突きつけた‶時代への違和感″ 藤原新也『東京漂流』 鳥原学

1980年代前半、高度経済成長が終わったとき、日本人は社会の変質の大きさに改めて気づいた。深川通り魔殺人事件、金属バット両親撲殺事件などの事件が象徴的に語られ、センセーショナルに報道された。なかでも写真によって鋭く考察したのが藤原新也だった。写真週刊誌『FOCUS』で連載した「東京漂流」が衝撃をもたらしたのだ。   写真週刊誌『FOCUS』における「東京漂流」事件 どんな表現分野にも「話題作」はたまに登場するものの、「事件」とまで称される作品はきわめて少ない。それは既成概念を揺さぶった後、作り手の意思を離れて歩き出し、次の時代への指標となり得た作品にだけ与えられる称号である。 この意味におけて、藤原新也の「東京漂流」はまさに事件だったのである。しかもこの作品は写真週刊誌『FOCUS』での連載時と、その後の単行本とでは違った質のインパクトを与えている。 『FOCUS』が「写真で時代を読む」 をキャッチフレーズに新潮社から創刊されたのは、1981年10月 23日(10月30日号)のことである。その後、スキャンダル雑誌として一世を風靡する同誌だが、創刊号の目次には著名な写真家の連載が連なっていた。なかでも藤原の「東京漂流」は、同誌の目玉企画であった。結果的にこのシリーズは創刊号から12月4日号まで、2か月足らず、計6回の掲載に留まったが、このうち5回までが世相を大きく騒がせた事件をテーマとしていた。 掲載順には、深川通り魔殺人事件、金属バット両親撲殺事件、東京最後の野大‶有明フェリータ″の死、ヨガ教師失踪事件、バスガール情痴殺人事件となる。 これらの事件の記憶は、数十年という歳月の中ですでに風化してしまった。しかし藤原の「東京漂流」 において、戦後という時代の帰結として象徴的な意味が与えられたことで、何度も繰り返し語られている。ことに同じ時代に青年期を迎えた世代に与えた影響は強く、社会に対する見方に大きな影響を与え続けている。それはなぜか? たとえば初回に取り上げられた通り魔事件は、覚せい剤中毒者による白昼の凶行だった。 この事件を通して、藤原は、高度経済成長下で疎外されていった人間、ことに男性のメンタリティを描こうとした。それは拘置所から護送される被疑者の顔をはっきり捉えたカラー写真に表れている。当時の新聞や週刊誌では、事件報道には主にモノクロ写真を、女優の口絵や文化的なニュースにはカラー写真を使うという慣習があった。しかし藤原は文脈を転倒させるため「カラーで、毛穴までわかるように、できるだけはっきり」写そうと撮影準備を進めたのである。 さらに撮影の瞬間、被疑者に「こんにちは!」と声をかけたのも掟破りだった。こうした現場では、報道カメラマンたちは対象に罵声や挑発的な言葉を投げかけ、あえて鬼のような形相に仕立てることがあるが、逆を突いた。結果的に藤原は撮影のタイミングを逸したものの、常識的な挨拶で被疑者の表情の意表を突き、人としての顔を引き出そうとしたのだった。 手法の転倒は、次の金属バット両親撲殺事件でも行なわれた。彼の撮った写真では、事件現場となったニュータウンの一軒家が、晴天下で撮影されていた。犯行現場というより、まるで「不動産屋の広告」だ、新潮社の重役がそう評したという無機的な写真である。経済成長の勝ち組であるエリート一家に起きた悲惨な家庭崩壊、それは日本の大多数を占めつつある核家族にも起きうることだろう。サラリーマンが目指していた清潔な郊外の持ち家は、希望の裏で膨れ上がる閉そく感がもたらす不幸を暗示していた。 このような手法は、藤原自身によれば「ひとつの記号にむかって、別の記号化を試みた」ものだったという。だが長いアジアでの旅で撮られた、それまでの藤原の写真を知る読者の多くはその手法の変化に驚いた。沈んだ色彩で溶かしたように捉えたアジア各地の光景は、見る者の官能に訴えてきたからのだ。この連載でそうした写真を使ったのは最後の6回目、 ただ一度きりであった。ただし、それも皮肉に満ちた表現であった。   「犬に食われる」という自由 その冒頭の見開きに、藤原は1970年代前半にガンジス河畔で撮った写真を置いた。画像は全体に暗く緑がかっていて、うつ伏せに転がった人の屍体に2匹の犬が集う。うち1匹は左足にかじりつき、もう1匹が背中に前足をのせている。 写真の左下隅には「幻街道・シルクロード」という小さなキャプションが添えられ、右の余白には「ヒト食えば、鐘が鳴るなり法隆寺。」というコピーが大書されている。ただ、写真の上の余白だけが不思議なほど広く空いている。ページをめくると、同じ写真の右半分に、おそらく「東京漂流」のなかでも、もっともよく知られる次のコピーが重ねられている。 「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。―幻街道」 このレイアウトは老舗の酒造会社の広告「夢街道」シリーズをパロディ化したものだった。 広告写真というジャンルで多くの名作を生み出してきた同社のなかでも、シルクロードをゆく隊商やオアシスのバザールをモチーフとしたこのシリーズは高く評価されていた。だが、当時の藤原は、これに強い違和感を覚えていた。いや、それは「夢街道」だけでなく、当時盛り上がっていた、シルクロードをブランドとして構築しようとするブーム全体に対する苛立ちだった。 シルクロードブームは1970年代末、中国政府が中央アジア地域の取材を外国メディアに許可したことから始まっていた。さらにNHKが1980年にドキュメント番組『シルクロード』を放映すると、喜多郎のテーマ音楽とあいまってブームは過熱した。酒造会社の広告もその波に乗ったものだった。 だが藤原にとって美しいオリエンタル調のビジュアルは、約13年に及ぶアジアの旅で見たものとひどく違っていた。何かが巧妙に隠されているとも感じられた。それは人間の生を巡る生々しさ、つまり「哀怒、死、狂気、汚物、異物」といった、ネガティブとされるものだった。   無茶苦茶に「負けに行った」インド 藤原が初めてインドに向かったのは1969年、25歳のときだ。遅く入学した東京藝術大学のキャンパスは学生運動の渦中にあった。一部共感はできたが、運動の側にもノンポリ側にも寄れず、ひたすら絵を描きながら鬱屈した日々を送っていた。 そんなある日、書店で手に取った『アサヒグラフ』で、海外の取材記を募集する告知を見た。編集部に押しかけると、幸運にも約30本ものカラーフィルムと10万円の取材費を得た。そして藤原は下宿を引き払いインドへ旅立ったのである。現地についての予備知識も写真の技術も持ち合わせていなかったという。ではなぜインドだったのか、具体的な理由はなかった。後に藤原は無茶苦茶に「負けに行った」のだと語っている。これまでの自分を変えてしまうほどの手応を欲していた、そう解釈できるだろう。 翌年3月、同誌で発表した「インド発見100日旅行」は大きな注目を集めた。以降『インド放浪』、『チベット放浪』、『逍遙游記』(朝日新聞社)、そして『全東洋街道』(集英社)などを立て続けに発表していく。その間、新人写真家に与えられる木村伊兵衛写真賞も獲得し、新進気鋭の写真家としても認められている。 この頃の著書を通して読むと、各地での異文化体験によって自身に染み込んでいた価値観が解体され、健康的な眼を取り戻す過程が見えてくる。端的に言えば、日本では汚くネガティブなものとして。人の目から遠ざけられてゆく死を、自然の営みの一部と捉える眼差しの回復である。そして、それが結晶したのが「大に食われるほど自由」という一文だった。そこには、人間の存在をこのように見る、天然に寛容な社会であれば、通り魔犯も、崩壊した家族も救われたのではないかという問いが込められている。明るい繁栄の中で見捨てられたものたちを、公然と社会に突きつけたのである。   生き続ける問いかけ 6回目をもって藤原は『FOCUS』の連載を降りた。広告主からのクレームを予測した出版社の判断で、レイアウトが大きく改変されることを知ったからだった。刷り上がった誌面には、商品写真が入るはずの空白が痕跡として残った。その後、継続を望む声もあり、同誌には第2部を準備中という予告が載ったが、再開されることはなかった。 単行本『東京漂流』が情報センター出版局から上梓されたのは、2年後の1983年1月である。実現しなかった連載に至るまでの過程や思索、写真を加えて収録したため、400ページを超える分厚い本になった。だが、その反響は関係者の予想を遥かに超え、25万部に迫るベストセラーになった。 当初、藤原には本としてまとめる気がなかったらしい。企画を立てた情報センター出版局の星山佳須也 (後に三五館社長) によれば、藤原からは「このまま眠らせるもの」だと何度も断られたと振り返る。そこを熱意で押し通したのは、この時代に必要な本になるという確信があったからだった。また犬の写真が与えた印象も大きく「見ていると、疲労がとれるように思えた」という。星山の仕事場には、長くこの写真が飾られていた。 ベストセラーとなった本書については賛否が分かれた。目についたものをいくつか挙げると「私の目についた鱗を一挙に削ぎ落としてくれる衝撃の書」(佐江衆一 『朝日ジャーナル』)、「藤原新也の重く鋭い、しかし深い愛を秘めたメッセージを受信して欲しいと思う」 (佐野山寛太『宣伝会議』)という全面肯定の一方で、写真も文章も輝いているが「「論」によって整理されたり、関係づけられたりすると、とたんにそのイメージが平板なものになる」 (沢木耕太郎『週刊文春』) という指摘もあった。一概に批判的な評は、生理的な感覚で事象を単純な図式にしたという点に向けられている。 ただ藤原の生理的な感覚こそ、より広範な読者を得た理由だった。特に本書を熱く支持したのは、男女を問わず、社会に対して違和感や疎外感を抱えた若者たちだった。なかには感動のあまり、昼夜を問わず藤原を訪ねたり、突然電話をかけたりした者もいた。やがて藤原はそうした若者の中に「父性」の欠如と希薄な自我を見出し、続編として『乳の海』にまとめることになる。 さらに本書は、仕事の質も変えた。世相を騒がす事件があると、気鋭の批評家として、マスコミからコメントを求められるようになった。藤原はこうした反応を過剰反応だと見た。もちろん愉快なものではなく、行き詰まりさえ覚えたのだった。 しかし、若い世代にとってこの『東京漂流』は蒔かれた種だった。たとえば20歳で本書と出会ったという作家の重松清は、何度も読み返す度に「愛読書と呼ぶにはあまりにも痛く鋭い問いを突きつけられてきた」と語り、社会学者の宮台真司は自分の郊外論は『東京漂流』 の延長線上にあると述たている。 もちろん、筆者もその一人である。バブル経済崩壊後の「失われた30年」や何度もの震災を経験した今も、1980年代に藤原の立てた問いにどれほど答えられているか。ふとそんなことを思い、また本書を手に取るのである。   藤原新也(ふじわら・しんや) 1944年福岡県生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科中退。主に、文章と写真を組み合わせた形で作品を発表。『逍遙游記』で第3回木村伊兵衛写真賞、『全東洋街道』で第3回毎日芸術賞を受賞。近著に『たとえ明日世界が滅びようとも』、『若き日に薔薇を摘め』(瀬戸内寂聴との共著)、『神の島沖ノ島』(安部龍太郎との共著)などがある。 参考文献 『カメラ毎日』(毎日新聞社) 1978年1月号 山岸章二・藤原新也・松岡正剛(対談)「放浪の写真家・藤原新也の世界 屍よりはじまりて」 『週刊文春』(文藝春秋) 1982年9月号 藤原新也「写真と文字のアマルガム」 『朝日ジャーナル』 (朝日新聞社) 1984年4月27日号 「若者たちの神々3藤原新也」 『SAPIO』(小学館) 1998年4月22日号 書想特別対談―宮台真司藤原vs藤原新也「コミュニケーションが崩壊した時代に」 「朝日新聞」2001年3月10日朝刊 西部版「写真家・藤原新也:2 (在る。)」 関連記事 [clink url="https://picon.fun/photo/20251225-1/"] [clink url="https://picon.fun/photo/20260131-2/"] 文・写真評論家 鳥原学 NPI講師。1965年大阪府生まれ。近畿大学卒業。フリーの執筆者・写真評論家。写真雑誌や美術史に寄稿するほか、ワークショップや展示の企画などを手掛ける。2017年日本写真協会学芸賞受賞。著書に『時代を写した写真家100人の肖像』、『写真のなかの「わたし」:ポートレイトの歴史を読む』、『日本写真史』など多数。 鳥原学 時代を写した写真家100人の肖像 上・下巻(玄光社/定価2500円+税)より   ↓PicoN!アプリインストールはこちら

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【写真学校教師のひとりごと】vol.32 牛垣嶺について

わたし菊池東太は写真家であると同時に、写真学校の教員でもあった。 そのわたしの目の前を通り過ぎていった若手写真家のタマゴやヒナたちをとりあげて、ここで紹介してみたい。その人たちはわたしの担当するゼミの所属であったり、別のゼミであったり、また学校も別の学校であったりとさまざまである。 これを読んでいる写真を学ぶ学生も作品制作に励んでいるだろうが、時代は違えど彼らの作品や制作に向かう姿が少しでも参考になれば幸いだ。 黙々と写真を撮る。学生時代のイメージだ。 今も、ひたすらこつこつと積み重ねているようだ。 相変わらず口数は多くはない。 牛垣はフイルム現像の仕方を知りたい、と思って写真学校に入ったという。 森山大道に魅了され、モノクロ写真の世界に入りこんでいく。 卒業2年後に、仲間と4人でお茶の水に自主ギャラリーを開き、「ロッカールーム」と名づけた。 そして現在までに20回近く個展を重ねている。 順調な写真家人生のようにみえるが、ただ大半がその自前の自主ギャラリーだ。 審査員もいて広く一般公募をしているメーカー系ギャラリーとの併用を、考えた方がよいのではないだろうか。 かれの写真に対する、直向きな一生懸命さはよく理解できる。 卒業後しばらくは東京で建築写真を撮って生活をしていた。 子供ができ、東京で子育ては今ひとつ気が向かなかったので、お祖父さんが住んでいた父親の出身地、鹿児島に移った。 現在はそこでタンカーなどの船の修理会社に勤めている。 好きな写真が撮れるなら、飯を食うのは写真に捉われる必要はない、という考えなのだろう。 これも一つの生き方だ。 牛垣は子供のために、東京から鹿児島へ移住し、写真を職業とするのをやめ、船の修理会社に勤めることにした。 なかなかの決断力を要したことだろう。 話は違うが、自前のギャラリーは競争相手もいないので思うようにできるのが利点だ。 だが、かつてはあったカメラ雑誌も現在はないので、自分にプラスになるようなアドバイスを耳にすることが実に難しい時代だ。 ではどうしたらいいのか。 メーカー系ギャラリーはところによって、激しいときには競争率が10倍20倍になることがある。 だが一部のメーカー系ギャラリーならば、審査員から有効な意見をきくことが可能だ。 選考から外れたときにその理由を訊ねるのだ。 それによって、必要なアドバイス、自分の欠けているところを聞くことができるだろう。 欠けている部分を見つけだし、それを自力でクリアーするというのは実に難しいことだ。 かなり以前の話だが、あるカメラ雑誌の編集部を訪ねたときのことだ。 非常に高名な写真家が編集長の向かいで、背筋をまっすぐにのばして数多くのモノクロ・プリントをはさんで、正対しているのを遠くから目撃したことがある。 こんな大家でも自分の作品を見せるときには身を正すということをこの目で見たのは、若輩者のわたしにとって新鮮で強烈な驚きだった。 つまり、的確な意見やアドバイスを言える人物に自分の作品を見てもらい、ときには耳の痛いことを言ってもらうということだ。 牛垣の写真はその一点一点には、ほとんど問題はないと思う。なかなかの感性すら感じとれる。 あとは自分の言いたいことを表すには、どのように構成するか、だ。 そこに一考の余地があると思えるのだが。 菊池東太 1943年生まれ。出版社勤務の後、フリー。 著作 ヤタヘェ~ナバホインディアン保留地から(佼成出版社) ジェロニモ追跡(草思社) 大地とともに(小峰書店) パウワウ アメリカインディアンの世界(新潮社) 二千日回峰行(佼成出版社) ほか 個展 1981年 砂漠の人びと (ミノルタフォトスペース) 1987年 二千日回峰行 (そごうデパート) 1994年 木造モルタル二階建て (コニカプラザ) 1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西 (コニカプラザ) 1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年 (コニカプラザ) 2004年 足尾 (ニコンサロン) 2004年 DESERTSCAPE (コニカミノルタ) 2006年 WATERSCAPE (コニカミノルタ) 2009年 白亜紀の海 (ニコンサロン) 2013年 DESERTSCAPE-2 (コニカミノルタ) 2013年 白亜紀の海2 (ニコンサロン) 2015年 日系アメリカ人強制収容所 (ニコンサロン) ほか ↓PicoN!アプリインストールはこちら

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銀座に「本の公園」が出現!ーバリューブックスが考える地球にやさしい本の楽しみ方

デザイン分野に関心のある皆さんは、アイデア集めや感性を磨くため、本を読む方が多いのではないでしょうか? 先日、銀座にあるGinza Sony Parkにて「本の公園」が開催されました。 今回はイベントの様子をお伝えしながら、本を使った様々な取り組みについて紹介していきます! たくさんの本に囲まれて。好きな場所でゆっくり本を楽しむ こちらはPodcast番組「本の惑星」とのコラボレーションで期間限定で「本の公園」として開催されました。 園内には小説、自己啓発、絵本、雑誌など様々なジャンルの本が並んでいます。 自由に手に取って、園内の好きな場所で読書を楽しむことができるイベントです。 園内に並ぶ本はブックコーディネーター内沼晋太郎さんが取り締まりをつとめる、株式会社バリューブックスが続けてきた「捨てたくない本」プロジェクトの一環として集められたものです。 バリューブックスには、毎日およそ3万冊の本が全国から届きます。 そのうち約半分はインターネットでの販売を通じて、次の読者に届けられていますが、残りの半分は古紙回収に回ってしまうのが現状です。 今回はその「捨てたくない本」の一部をこのようなイベントを通して、次の読者へ届ける活動を行なっています。 《 バリューブックスHP 》 https://www.valuebooks.jp/?srsltid=AfmBOooWyfb_3SvHL-3IaIHTSaYscsvF0CmwYhpMADCnQtTNx1hb88e- 気に入った本は好きなだけ持ち帰り可能!? なんとこのイベントでは専用のトートバックを購入すると、園内の本を好きなだけ持ち帰ることも。 たくさん持って帰るぞー!と意気込んでいたのですが、イベントが大盛況とのことで、本は5冊までと決まっていました、、。 筆者が選んだのはこの3冊。 普段なら小説は読まないですが、なんか面白そう!と手に取ってみたくなりました。 そもそも本を普段読まない方にとっても、このようなイベントは本を読むきっかけにもなりそうですね。 捨てる本から出来たノート レジ前に置かれていた1冊のノート。 なんとこちら古紙回収に回されるはずだった捨てる本を再利用し、ノートにしたものです。 バリューブックスでは、捨てる本も何かできることはないか?という取り組みの一環でこのような活動も行なっています。 こちらのノートは捨てられるはずだった文庫本からつくられたもの。 よく見ると文字のカケラがノートに残っていたりもします。 ノートの質感や文字のカケラから、かつては本だった記憶を感じ、大切に使おうという気持ちになりますね。 他にも漫画からつくったノート、雑誌からつくったノートも。 漫画のようなザラザラ感や雑誌のような艶のある感じがノートから感じられました。 《 本だったノートができるまで 》 https://www.valuebooks.jp/endpaper/11189/?srsltid=AfmBOoqY-hhoR2-K0xLHAkbczQNqO6Yog9WARc22yIaNDIn-iHcOQNFH 今回のイベントの取り組みは、既にあるものにどうやって新しい価値を生み出すか?を実現したようなイベントでしたね。 たくさんの本が捨てられている現状をどうやって解決するか、社会問題をデザインを通して解決する一例だと感じました。 また本の記憶が残った「本だったノート」のように普通なら「欠点」とされるものを、 表情や個性として価値に変えるのは、ぜひデザインを学ぶ上でも大切にしていきたい視点ですね。 渋谷から井の頭線で約6分にある下北沢には、内沼さんが運営されている「本屋B&B」というお店も。 学校から近いのでぜひ行ってみてくださいね。 取材・撮影/PicoN!編集部 河野・市村   ↓PicoN!アプリインストールはこちら

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【展示レポ】“イメージの釣り人”ロベール・ドアノー 写真展『Robert Doisneau』東京・虎ノ門「art cruise gallery」で開催!

“イメージの釣り人”とも評される類まれな洞察力で日常の小さなドラマをとらえ、“ドアノー劇場”とでもいうべき独自の世界を生み出し写真史上に大きな足跡を残したフランスの国民的写真家ロベール・ドアノーの写真展が、東京・虎ノ門にある株式会社ベイクルーズが運営するアートギャラリー「art cruise gallery by Baycrew’s」にて、2026年1月30日(金)より開催されました。 フランスの国民的写真家 ロベール・ドアノー 写真を学んでいる者であれば、一度はロベール・ドアノーの作品を見た事があるのではないでしょうか。 有名な作品は、「パリ市庁舎前のキス」。東京都写真美術館の入口に続く通路の壁面に大きく張り出されているモノクロの3作品の内、1作品が本作です。(他、2点は、ロバート・キャパ「オマハ・ビーチ、コルヴィユ・シュル・メール付近、ノルマンディー海岸、1944年6月6日、Dディに上陸するアメリカ軍 」1944、植田正治「妻のいる砂丘風景(Ⅲ)」1950頃)   ロベール・ドアノー(Robert Doisneau)は、パリとそこで暮らす人々の日常をとらえた著名なフランスの写真家です。 パリの美術学校エコール・エスティエンヌで石版印刷を学び、広告会社で勤務したのち、写真家アンドレ・ヴィニョーの助手となります。その後、自動車メーカー・ルノー社でカメラマンとして勤務し、工場・労働員・完成品・試乗・コマーシャル写真を撮影。1939年よりフリーとして活動を開始。1949年から51年まで『ヴォーグ』誌の契約カメラマンとして、ファッション写真や社交界を撮影。パリを中心に庶⺠の日常をとらえた写真で高い評価を得、現在でも世界中で愛され続けています。 アートとファッションが交差する場。「art cruise gallery by Baycrew’s」 会場は、東京・虎ノ門駅から直通、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー3階の〈art cruise gallery by Baycrew’s(アートクルーズギャラリー バイ ベイクルーズ)〉です。 JOURNAL STANDARD、IÉNA、 Deuxième Classeなどのセレクトショップを展開してきた株式会社ベイクルーズが、新業態として“ライフスタイルの中でいずれも必要不可欠である、アートとファッションが交差する場”として、2024年2月にオープンしました。オープンから、葛飾北斎、マーティン・パー、本城直季など、ジャンルレスな企画展を開催されています。本展が第11回目の企画となります。 ステーションタワー内の3階へ続くエスカレーターを上がると、ギャラリーの看板が迎えてくれます。矢印の方向に進むと、ギャラリーの入り口に辿り着きます。 アトリエ・ロベール・ドアノー全面協力、精選された約40点を展示。 本展はドアノーの遺族が創設したアトリエ・ロベール・ドアノーの全面協力のもと、その代名詞とも言えるパリを舞台にした作品はもとより、写真家の原点でもあるパリ郊外、時代を彩った芸術家たちの肖像、子どもたちなど、アトリエが所蔵するモダンプリントから精選された約40点が展示されています。 会場は、L字型の壁面で区切られており、ドアノーが撮影した作品が展示されていました。ドアノーの作品は「特別な何か」ではなく、フランスの日常の中にある風景、群衆の中にある小さな出来事を切り取ったもの。しかし、完全なるスナップではなく、いわゆる〝作り〟で必要に応じて演出も使っていたのは有名ですね。「パリ市庁舎前のキス」もその一つです。 本展のクリエイティブディレクターを務めたnano/nano graphics代表のおおうちおさむ氏に本展のこだわりを伺いました。 nano/nano graphics 代表取締役 おおうちおさむ Osamu Ouchi 1971年生まれ。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒、東京在住。(故)田中一光に師事し、無印良品、資生堂、ISSEY MIYAKE、サルヴァトーレ・フェラガモ生誕100周年プロジェクトなどのポスター・グラフィック・空間デザインなどを手がけており、時代の象徴的になる制作を数多く生み出している。2003年に有限会社ナノナノグラフィックスを設立。グラフィックからスペースデザインまで幅広い活動を行う。長野県松本市にて自身で立ち上げた「マツモト建築芸術祭」の総合プロデューサーを務め、この先も毎年冬に開催予定。 <引用元:art cruise gallery by baycrew’s Director Page> ドアノーの生い立ちが壁面の配色のヒント ー壁面がゴールドとホワイトのバイカラーになっていますが、何故この配色にされたのですか? どこかで見れない良さを出したかったんです。作品を展示する背景の壁面の色って、作品の印象を大きく左右しますよね。あえてそれを積極的にやっています。今までも、ドアノーの作品を金色の壁面で展示した方はいないんじゃないかなと思います。 ドアノーってフランスの貧民街の出身なんですよ。パリは当時、厳格な身分制度が存在していました。街の中心には、華やかなお金持ちの生活があって、城壁を隔てて、その外は貧しい人たちが暮らしていると言う時代。ドアノーはどちらかというと、その城壁の外の出身。そこで石版を学び、一生懸命働きながらカメラを手に入れて、写真家になっていく。どんなに有名になっても、ドアノーの写真には、どこか貧しさが漂っている。彼の写真って、例えばピカソを撮影しても、少し貧しい感じがする。その貧しさに対して、ちょっとラグジュアリーの象徴として、コントラストで金を使っています。金色の前に、貧しさと逞しさが滲み出る写真が乗るっていうこの関係性がすごい良くて。 当時のフランスの光と影を表現した空間構成 ー空間デザインでこだわられた点を教えてください。 中央の通路だけを金の壁面にしたんです。これがですね、お金持ちが暮らす煌びやかな街という表現で、パリの市街の写真を配置しています。輝く華やかな通りを抜けると、白い壁面で、それが城壁の外という事で、郊外で撮影された作品を展示しています。 一区画はアーティストを撮影した作品のみを展示したスペースになっています。 これまで本展を含めて、11の展示を企画してきましたが、壁面は今回も使用しているL字型のものを5個のみで毎回展開しています。組み方、並べ方を変えて構成しています。それで教示張りを変えて色も丸ごと変えて少ない要素でどんだけ変化がつけられるかっていうチャレンジをしています。 古典にコンテンポリー的な向き合い方を ー今回の展示をロベール・ドアノーを選定した理由を教えてください。 本展は、このギャラリーの第11回の企画なんです。なぜドアノーにしたかというと、これまでの流れが関係しています。ドアノーの前の第10回が作家・村松英俊さんによるモノや道具など既製品の一部分を大理石などの石に置き換えた作品、第9回が、美術家・宇佐美雅浩さんの各地の人々や、その人物にまつわる文化や背景を仏教絵画の「曼荼羅」のように一枚の写真に収める「Manda-la」シリーズ。第8回が、アーティスト・シシヤマザキの身体性と哲学を通して生み出された、多様なメディウムによる作品群をまとめたもの。第7回が、2度目の葛飾北斎。第6回がアートユニットの米谷健 + ジュリアの代表作、ウランガラスを用いたシャンデリアのインスタレーション『クリスタルパレス: 万原子力発電国産業製作品大博覧会』の展示をしました。オモシロイのが、一点一点に原発保有国の名前がつけられており、作品のサイズは、その国の原発からつくり出される電力の総出力規模に比例しています。無害のウランガラスを使って、イデオロギーを伝えるためじゃなくて、ファクトとして作品にする人たち。その流れの中で、ウランガラスが来て、北斎が来て、写真が来て、大理石が来て、次に何を繋げようと思った時に、最適だと思ったのが、ドアノーだったんです。 古いものを石に戻す。その逆の発想を次に持ってきたいと思っていて、古いプリントを今の見え方に引き上げるというコンセプトにしました。 今の日本って“守る事”って“仕舞う事”になってしまっていますよね大事に大事に。本当に時代を超えて作品を残す為には、その時代時代に合わせたコンテンポラリーに引き上げとかなきゃいけないと思っています。だから、古いものを、今の現代アーティストと肩を並べるような向き合い方を、今の人にしてもらえるような場を作っていくっていうのはすごく面白くて。 ドアノーって写真で言えば、古典だと思っていて、古典にコンテンポリー的な向き合い方をしてもらいたいと思っています。ドアノー関連の仕事は過去にもたくさん機会をいただいているし、財団とのご縁もあり、今回、展示にご協力いただいている株式会社コンタクトの佐藤正子さんとも昔からのお付き合いがあったのも大きくて、そこで今回はドアノーにしようと決定しました。 株式会社コンタクトの佐藤正子氏に、プリントについて伺いました。 ープリントがとても綺麗ですが、今回のプリントは展示のために焼いたものですか?展示用に焼いたものでは、ありません。ただ、ドアノーは仕事で写真を撮っていたため、多くは印刷の見本用で、六つ切りくらいのプリントが多かったんですね。その後、アーティストとして展示する機会が増えたことで大きいプリントが増えていきました。ドアノーのプリンターがまだ存命なので、必要な場合はその方にお願いできています。 特に、昔の銀塩モノクロプリントは長い年月が経っても見栄えが劣化しにくく、古さを感じさせないことも影響しているかもしれませんね。 今回はこれまで写真集や展示にあまり出たことがない作品も展示していますので、今までにドアノーの展示を見られていらしゃる方にも楽しんでいただけると思います。   パリは時間の浪費がチケットの代わりになる劇場だ。 ー ロベール・ドアノー 今にも物語が始まりそうなドアノーの作品たちをぜひ観に行かれてはいかがでしょうか。 『ロベール・ドアノー「Robert Doisneau」』は4月12日(日)まで   《展覧会情報》 『ロベール・ドアノー「Robert Doisneau」』 会期:2026.1.30(金)-2026.4.12(日) 時間: 11:00-20:00(19:30Last entry) 会場:art cruise gallery by baycrew’s(アートクルーズギャラリー バイベイクルーズ) 料金:無料 公式ホームページ 取材協力:株式会社ベイクルーズ 取材/PicoN!編集部 市村 撮影/内山慎也   ↓PicoN!アプリインストールはこちら

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映像表現の可能性をひらく。映像とアートの国際フェスティヴァル「恵比寿映像祭2026」【展示レポ】

映像文化とアートの現在を横断的に紹介する国際フェスティヴァル「恵比寿映像祭2026」が、2026年2月6日(金)からスタート!メディア向け内覧会にお邪魔し、その見どころをいち早くご紹介します。 『恵比寿映像祭2026 「あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」』展レポート 恵比寿映像祭は、2009年の第1回開催以来、年に一度恵比寿の地で、展示、上映、ライヴ・パフォーマンス、トーク・セッションなどを複合的に行ってきた映像とアートの国際フェスティヴァルです。映像分野における創造活動の活性化と、映像表現やメディアの発展をいかに育み、継承していくかという課題について広く共有する場となることを目指してきました。 恵比寿の街全体が映像祭一色になる16日間 メインの会場は、東京都写真美術館。 JR恵比寿駅東口から動く通路・恵比寿スカイウォークを進んでいくと、恵比寿ガーデンプレイスに到着します。風を受けて靡く恵比寿映像祭の中吊り広告が、徐々に映像祭の世界へと誘います。 今年のテーマは「あなたの音に|日花聲音| Polyphonic Voices Bathed in Sunlight 」 いま社会は多様性の尊重を重視しています。しかし、人、文化や言語などの間にはたとえ共通点があったとしても、誤解、誤読は生じます。そして、戦争は止まず、格差は埋まらず、さまざまな摩擦の終わりが見えません。私たちはアンバランスで複雑な社会状況に直面しています。 恵比寿映像祭2026の総合テーマは、メインキュレーター・邱于瑄(チィウ・ユーシュェン)氏による台湾語が起点です。 台湾語は口承で広がった言語で、19世紀に生まれた発音記号や、20世紀の漢字表記の展開を経て、多くの文献が編まれました(その中には1931年に出版された、台湾語–日本語の辞書『台日大辞典』なども含まれます)。日本語とも共通点が多く、いくつかの表記法が混在している言語です。 「日花聲音」と書いて、(ジッホエ・シアーイン)と読みます。さまざまな声や音が響く空間に、木々の間から洩れた光が差し込む様子を現されています。多様な文化、言語などが互いに影響し合うという意味が込められています。 一口に「映像祭」と言っても、受付でいただいた冊子によると、出展作品は、映像、写真、サウンド、立体アート、アプリなどのデバイスを活用した新しい表現方法、パフォーマンス、演劇など、その表現方法は多岐に渡ります。 各階をキュレーターの方に解説していきながら巡りました。東京都写真美術館の全フロアに展示があり、今回は、B1Fからスタートし、1F、2Fの順で進んで行きました。構成としても、この順で巡ってもらうのがオススメだと感じました。 「 重なり合う形と声:空間で触れる展示プログラム」 (会場:東京都写真美術館 B1F・1F・2F) 写真、映像、サウンド、パフォーマンスなど多様なメディアを横断し、人類学的な視点から「声」「環境」「記憶」「誤読」をテーマに展開する展示プログラム。長い歴史の中で交差してきた人や文化の往来を手がかりに、混ざり合う環境に潜む“聞こえにくい声”の広がりを可視化します。 B1Fでは“移動”を起点にしたサウンドスケープが広がります。 [caption id="attachment_28099" align="alignnone" width="750"] 撮影:新井孝明[/caption] B1Fの入り口を入ると、台湾原住民族のルーツを持つ張恩滿氏(チャン・エンマン)による船形のインスタレーション作品《蝸牛樂園三部曲—啟航或終章》が迎えてくれます。カタツムリをモチーフに異なる土地を渡り定着してきた生き物の記憶と、変化し続ける環境のなかで未来へと受け継がれる姿を表現しています。 視覚障害のある人々への聞き取りを通して先入観や誤解というズレを手がかりに、「見ること」を問い直す鶴巻育子氏によるプロジェクト《ALT》の3部作の内、2部作が展示されています。 作家さん自ら展示作品をご紹介いただきました。 《ALT》は、オルタナイトの略で、「他の可能性」や、「代替の」と言った意味のあるタイトルなのですが、3部作になっていて、内、セクション1と2を展示しています。 セクション1のモニターに投影されているのは、31人の視覚障害の方のポートレートです。私自身、取材を始める前までは誤解をしていたのですが、視覚障害のある方は、自由に外を歩いたり、好きなことができないのではないかと、思い込んでしまっていたのです。しかし実際は決してそんなことはなく、違う方法を工夫したり、人の力を借りながら、本当に自由に生活されていることを知りました。この31名の方々には、ご自身で好きな場所を選んでいただき、その場所でを撮影し、お話を伺っています。撮影場所はさまざまですが、この作品を通して問いかけているのは、「自分のすぐ近くにも、知らないうちに視覚障害のある方や、別の障害を持つ方、自分とは違う条件の人がいるのではないか」ということです。セクション1のタイトルは、「隣りにいる人」。その存在に目を向けてもらうためのタイトルです。 壁面に展示してあるセクション2は、「※写真はイメージです」よくパッケージなどに記載してある文言で見慣れた文字かと思います。 視覚障害の方に、見え方を伺いました。 視覚障害というと、=全盲のイメージですが、決してそうではなく、見えづらさも人様々で、それを聞いて、作品にしました。写真の横に記載している文章が、視覚障害の方から伺った見え方をそのまま記載しています。すごく複雑な見え方をしているので、言葉では正確にできないんですね。その時点で、私が聞いてもやっぱり本当にその方が見えている状態ってわからないんですよね。恐らく一生分からないと思うんです。なのでこれは、正解ではないというのが前提で作った作品になります。 ここでは、相手を分かったつもりになったり、理解し合うとか、そうゆう事を考えがちですが、やっぱり人と人って理解し合えそうで、なかなかできない。理解し合うの前に、自分と違う人がいるってことを知るって言うこと。そこが大事という思いをこの作品に込めています。   フロアの移動は、ついついエレベーターを利用しがちだが、オススメは階段移動。 次の展示室を目指して階段を上がっていくと、今回の映像祭で特別に取り付けたであろうスピーカーから、サウンド作品の音が流れ、移動の階段すらも、楽しめる仕掛けになっています。   2F展示室では、言語や社会のルールを再考しながら「ズレ」や「誤解」から生まれる表現の可能性を探ります。展示室内外に響く形なき音が、視覚と聴覚のポリフォニーを立ち上げ、異なる文化や言語、身体のあいだに生まれる共鳴を体感させます。 侯怡亭氏(ホウ・イーティン)《所有的小姐 Sóo-ū -ê sió-tsiá》では、日本文化の影響を受けた台湾語の歌詞を刺繍として表現し、言語の背景にある歴史や社会の記憶を浮かび上がらせる内容になっています。 [caption id="attachment_28106" align="aligncenter" width="750"] 撮影:新井孝明[/caption]   チョン・ソジョン氏の《シンコペ》は、音の新たな可能性を求めて長年活動してきたアジアの女性たちが国境を越えて移動する姿を追った作品。 本作に登場するデジタル植物をARで楽しめるアプリも、ステートメントに記載されているQRコードからダウンロードできるようになっています。 新しい才能と出会う「コミッション・プロジェクト」(会場:東京都写真美術館 3F展示室) 東京都写真美術館の継続事業として、2023年に始動した「コミッション・プロジェクト」。日本を拠点に活動するアーティストを選出し、制作委嘱した映像作品を“新たな恵比寿映像祭”の成果として発表します。 恵比寿映像祭2026では、第2回コミッション・プロジェクト特別賞受賞作家である小森はるかによる新作展示を、総合テーマと呼応させながら具現化。ドキュメンタリーの歴史を受け継ぎながら、見過ごされてしまう風景や人の営みに丁寧に目を向ける小森の、新作2作品を展示します。会期中には第3回コミッション・プロジェクトのファイナリスト4名を発表します。 東京都のコレクションを特別公開(会場:東京都写真美術館 3F展示室) 東京都コレクションから、総合テーマ「あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」を紐解く視点として、「現代と歴史」を切り口に作品をセレクト。東京都写真美術館をはじめ、東京都現代美術館、東京都庭園美術館、東京都江戸東京博物館が管理する収蔵品の中から、映像・写真・資料を展示し、漣(さざなみ)のように立ち上がる違和感をリレー形式であぶり出します。 東京都庭園美術館で撮影された、さわひらきによる映像作品《pilgrim》(2022)を、1933年竣工時の《朝香宮邸竣工写真》とともに展示。建築に重なる時間の層を浮かび上がらせます。 千房けん輔と赤岩やえによるアーティスト・デュオエキソニモの《Joiner》は、画面を指でなぞるだけで風景を切り取り、絵を描くような感覚でリアルタイムにコラージュ写真を生成できるカメラアプリとして制作された作品。角度や時間をずらしながら撮影したり、離れた場所を同一画面上に組み合わせたりすることで、工夫次第で多様な表情をもつコラージュ写真を制作・共有することができます。2012年に東京都写真美術館へiPhone 3GSの実機とともに収蔵されましたが、バッテリーの劣化により起動が困難な状態にありました。今回、エキソニモがプログラムと実機の再検証を行い、マイグレーションを実現しました。 街にひらかれるアート——オフサイト展示(会場:恵比寿ガーデンプレイス センター広場、恵比寿スカイウォーク) デジタルとアナログの境界を横断する実験的プロジェクトを展開。インターネット・アートの先駆者 エキソニモ、個人と集団のアイデンティティに着目したFAMEMEが、都市空間に新しい映像表現をインストールします。屋外でしか体験できない“偶発的な出会い”を生み出す作品群が、訪れる人すべてに開かれた鑑賞体験を提示します。 FAMEMEによるドリアンと香水の融合した新感覚の新作《Duri-grance by FAMEME》が、恵比寿スカイウォークをジャック!実は、東京都写真美術館に向かう途中にも、作品を楽しむ事ができます。手元の画面から目を離し、FAMEMEのハッピーな世界観を見つけてください。 [caption id="attachment_28100" align="alignnone" width="750"] 東京都写真美術館内:1F ロビー 撮影:新井孝明[/caption] 恵比寿ガーデンプレイス センター広場では、目を閉じた人々の顔が映る二つのモニターが重なり合い、キスを交わしているかのように見えるエキソニモ《Kiss, or Dual Monitors》が登場。 2026年の新ヴァージョンでは、約4mに及ぶ巨大LEDウォールとして進化。東京都写真美術館2Fには、来場者が参加できる撮影ブースも設置されます。筆者も挑戦してみました!会期中にも使用する旨が記載された同意書にサインし、撮影ブースへ。 ブースには、イスとカメラが設置してあり、頭をヘッドレストにつけるよう指示があり、カメラマンの指示で撮影していきます。勝手にスチール撮影だと思ってしまったのですが、実際は、10秒程度の動画撮影です。 撮影後、QR画面を撮影しておくよう指示があります。 万が一、撮影した動画の削除を依頼する際に、このQR情報で問い合わせることによって削除の依頼が可能になるとのこと。この手の体験型のものは撮影して完結なので、その後考えが変わった際のケアまで、とても考えられています。QRを読み込むと、LEDウォールに自分の映像が流れるまでのカウントダウンが表示されます。この表示時間から約5分間、重なり合うモニターに交互に表示され、その後、会期中は、ランダムに表示されるとの事。 表示されるまで、10分程度だった為、エキソニモ《Kiss, or Dual Monitors》が展示されている場所へ行くことに。ブースを出てから、1Fへ戻り、正面玄関を出たらすぐに右に曲がり、通路を直進します。センター広場へ続く階段を降りて行きます。 時間になり、投影されたので、ワクワクしながら、向かいのモニターを見ると、真っ黒でした。 一人でキスしていたようです。きっと、期間中にたくさんの方が参加していただく事で、色々な方が画面に出てくるようになるはずです。ぜひ皆さんも参加してみてくださいね。   映像を“視る&聴く”——上映プログラム(会場:東京都写真美術館 1Fホール) 恵比寿映像祭のために編まれた特別上映プログラムを連日開催。劇映画から、実験映画をはじめ、日本初公開作品を含め多彩な作品が集まります。 [caption id="attachment_28120" align="aligncenter" width="750"] 河合健《みんな、おしゃべり!》[/caption] 重なり合う声と身体——ライヴ・イヴェント(会場:東京都写真美術館 1Fホール、1Fスタジオ、展示室) すべての来場者にひらかれたフェスティヴァルを目指し、映像文化の理解を深めるとともに、来場者が自ら考え、対話するきっかけをつくります。展示プログラムの各作品を起点にしつつ、様々な表現方法のプログラムが重なり合い、総合テーマのさらなる拡張を試みます。出品作家であるキュンチョメ、鶴巻育子、アンジェリカ・メシティによるアーティスト・トークをはじめ、日本大学名誉教授の原直久による写真技術に関する講義を行います。また、原住民文化を深く知ることができる関連ワークショップや、視覚障害のある方と作家による「見え方」についての作品鑑賞ツアーを実施します。さらに、形のないパフォーマンスや、美術館での音楽作品の特別演奏も開催。加えて劇団ゴツプロ!による演劇プログラムを取り入れ、映像の領域の拡張に挑みます。 [caption id="attachment_28121" align="aligncenter" width="750"] ゴツプロ!×峸劇場 共同制作《敬啓者》(拝啓)[/caption]   文化が響き合う都市ネットワーク——地域連携プログラム(会場:地域連携各所) 恵比寿映像祭2026では、地域連携の範囲をこれまで以上に拡大し、恵比寿近隣の文化施設が多数新たに参加します。日仏会館、CCBTをはじめとする18施設が、それぞれ独自の展覧会やイベントを開催し、街全体でフェスティヴァルを盛り上げます。さらに今年は、恵比寿屈指のディープスポット「恵比寿 地下 味の飲食街」や、恵比寿エリアの複数のバーとも連携し、昼から夜まで恵比寿の街全体を巡りながら、多様な作品と出会うことができます。日本写真芸術専門学校の卒業生達の自主ギャラリー「Koma gallery」も連動プログラムの展示を開催中! 恵比寿映像祭2026 地域プログラム Koma gallery Photo Exhibition [前期]2026.2.6 (fri) - 2.14 (sat) フジヤマヨシヒサ×山中南実×ハギワラヒカル 「the sameday,elsewhere」 @miku.0x0  @minamiyamanaka  @jr0330h [後期]2026.2.15 (sun) - 2.23(mon) フジモリメグミ×鈴木隼斗×張鈺 「aroundscape ×material object×復照青苔上」 @fujimorimegumi  @suzuki_hayato_  @the_zy Koma gallery Instagram 〒153-0062 東京都目黒区三田1丁目12 金子ビル 201 OPEN 12:00-19:00 ※会期中無休     また、シールラリーも実施し、シールを集めると映写機から生まれたキャラクター 「ye(b)izoちゃん」オリジナルグッズを先着でプレゼント。取材の日も、春分を過ぎたからか、心地よい春の訪れを感じる気候でした。アートを通して街を歩き、地域文化を再発見する体験をしてみてはいかがでしょうか。 少し難しそうで行くのを迷っている方は、この左のフリーペーパーを片手にぜひ展示を見ていただきたいです。 「東京都写真美術館ニュース 別冊ニャイズ」 かなりゆるめの猫ちゃんたちが、恵比寿映像祭2026をとても分かりやすく解説している1冊。 様々な表現方法を、目で、音で、感じてみませんか?   『恵比寿映像祭2026 「あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」』は2月23日(月・祝)まで 《展覧会情報》 『恵比寿映像祭2026 「あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」』 会期:2026年2月6日(金)〜2月23日(月・祝)[16日間]※2月9日(月)および16日(月)は休館 ※3F展示室のみ3月22 日(日)まで 時間: 10:00–20:00(2月6日〜2月22日)※最終日(2月23日)は18:00まで※2月25日(水)から3月22 日(日)の3F展示室は10:00 から18:00 まで(木曜・金曜は20:00まで) 会場:東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス各所、地域連携各所ほか 料金:展示無料(上映と一部イベントのみ有料)主催  東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都写真美術館/日本経済新聞社 共催:サッポロ不動産開発株式会社/公益財団法人日仏会館 助成:ブリティッシュ・カウンシル 協力:在日オーストラリア大使館 後援:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター/J-WAVE 81.3FM 協賛:YEBISU BREWERY TOKYO/東京都写真美術館支援会員/ダイワロイネットホテル西新宿PREMIER HP:https://www.yebizo.com 取材協力:エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社 取材・撮影/PicoN!編集部 市村   ↓PicoN!アプリインストールはこちら

アート

グッズデザインで舞台の世界観を伝える~演劇・ミュージカル業界のクリエイティブ職~

お気に入りの公演グッズを見るたびに、ふと物語のワンシーンやあの日の熱狂が鮮やかに蘇る。 そんな体験をしたことがある人はきっと多いのではないでしょうか。 あの時の記憶と感動を蘇らせるアイテムを生み出すのが、グッズデザイナーという存在です。 今回、株式会社ホリプロ 公演事業本部で物販デザインの担当をされている石居 立宇様にインタビューしました。 制作の裏側やこの仕事のやりがい、そしてファンや観客の方々へ届けたい想いを語っていただきました。 グッズデザイナーに至るまでの経緯を教えてください。 私は、元々役者をしていて、養成所に通っていた時期がありました。 しかし、コロナが流行したことで、改めて自分の人生を見つめ直す機会がありました。 その中で、デザインやイラストを描くことが好きだったため、専門学校へ進むことにしました。 そして卒業時に、先生から現在の会社を紹介していただいたことがきっかけで1年前よりグッズデザイナーとして働いています。 普段、どのような業務を担当されていますか? 主な業務は、舞台・ミュージカル公演のグッズデザインです。 それ以外にも、通販で扱う画像やバナー作成、公演の現場で使われるPOP・ポスターなど宣伝広告の制作も担当しています。さらに公演の初日には、私も売り場に立って販売します。 グッズデザイナーを目指す上で、必要なスキルや経験はどのようなものがあると思いますか? グッズデザイナーの仕事では、IllustratorやPhotoshopを使って作業するため、その2つの基本的な操作スキルは必要だと思います。ですが、最初から高度なテクニックは必要がなくても良いのではと感じています。 実際、入社当初はPhotoshopの機能を十分に使いこなせていたわけではありませんでした。 アクリルスタンドの制作を任されたときも、最初は戸惑いながら先輩に教えてもらい、なんとか8種類を仕上げましたね。 Photoshopには精度の高い自動切り抜き機能もありますが、より綺麗に仕上げるためパスツールを使って丁寧に切り抜くなど、実務を通して学んだことも多いです。 経験について言えば、学生時代に通っていた養成所のつながりで劇団のフライヤー制作を1度だけ手伝ったことがあります。残念ながら、公演はコロナで中止になってしまったのですが、今でも思い出に残っている大切なフライヤーです。 結局のところ、大切なのは「こんなデザインのグッズを作りたい!」というこだわりや理想、具体的なイメージを持つことです。そのこだわりこそが、スキルや経験を積む原動力になると思います。 そのため、たとえ実務経験がなくても、デザインへの熱意を持っていることが1番大切だと感じます。 デザインのアイデアはどのように生まれてくるのでしょうか?また、1つの商品につき、どのくらい案を出されるものですか? 最初のグッズ会議は公演の2~3ヶ月前に行われます。 アイデアの出し方は、制作チームから具体的なデザイン案を提示される場合もあれば、「こんな雰囲気で」といった抽象的な要望の場合もあります。 具体的な依頼内容であれば、1~2案、抽象的な要望であれば3~4案を目安に提案します。 ただ、不採用になれば新たな案を出すため、最終的な提出案は基本的には1~2案に収まりますね。 この仕事に就いて、まず驚いたのがスピード感です。 学生時代は時間をかけていくつも案を出すことが多かったのですが、仕事では納期があるため、かなりスピードを求められます。 本当はもっと時間をかけて考えたいのですが、時間との兼ね合いにはジレンマを感じています。 そのため、1つのグッズに費やす時間も限られてくるため、時間配分を意識し効率を考えて作業を進めるよう心掛けています。 グッズデザインを手掛ける際で、意識しているポイントがあれば教えてください。 デザインを進める上で、作品の世界観とお客様がどんなものを求めているのかという点を意識しています。 また、上司からはよく「公演グッズ感がもっとほしいよね」と言われることがありますね。 私なりに解釈すると、 ・舞台・ミュージカルを観に行ったときに記念や思い出に買って帰りたくなるグッズ ・公演に登場する観客の印象に残るような象徴的なモチーフを使用したデザインのグッズ この2つの要素を指すのではないかと考えています。 例えば、彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.2『マクベス』という舞台のグッズで、私が担当したのが紅茶缶です。 この舞台で、特にインパクトに残るのが、3人の魔女の登場シーンです。 そのシーンをグッズのモチーフにできたらなと思い、吉田鋼太郎さんが率いる3人の魔女をイメージしてデザインを制作しました。 このデザインはTシャツにも転用され、上司にも気に入ってもらえて、非常に嬉しかったですね! 他には、ミュージカル『ジェイミー』のチャームも担当しました。 他の公演では、こういった人物や単体のデザインで商品化されていますが、『ジェイミー』の公演では、「舞台シーンを再現したい」という具体的な要望がありました。 そこで、印象的なシーンの人物だけでなく背景も含めたデザインを手掛けることに。 制作チームと綿密に話し合いながら完成させました。 このチャームはコンプリートセットでも販売され、ファンの方々から好評をいただけました。 販売方法に関しても、公演によってランダム形式や選んで買える形式を使い分けて、バランスをとりながら決定をしています。 このように、“公演グッズ感”をキーワードとして、舞台シーンや象徴的なモチーフをデザインに取り入れ、お客様が思い出として買って帰りたくなるようなアイテムにすることを常に意識しています。 もし、アイデアが浮かばない時は、どのようにして乗り越えていますか? 難しいと感じるのは、ヒューマン系の人間関係を描く物語ですね。 象徴的なモチーフがなかなか見つからず、行き詰まるときがあります。 その時は、提供された台本を熟読しています。単なる読み物としてではなく、何が観客の皆様の記憶に残るのかという視点で読むようにしています。 また、制作チームに積極的に質問をしてデザインのヒントを引き出すようにしていますね。 商品に使われているイラストは、グッズデザイナーの方が描かれているのでしょうか? 外注するのではなく、イラストも含めてデザイナー自身が手掛けています。 例えば、音楽劇『エノケン』の似顔絵イラストも私が担当しました。 「こういうタッチがいい」という参考があれば、できるだけその雰囲気に近づけて描くようにしています。 描いたイラストは、その後、さまざまな関係者の承諾をいただく必要があります。 承諾の連絡を待つ間は、毎回緊張しながら待っています(笑)。 ファンの方々の反応はどのように受け取っていますか?また、その反応がデザインに影響を与えることはありますか? 販売した時の反応は、X(旧Twitter)などでエゴサーチしてチェックするようにしています。 その理由は、先程のお話しした “公演グッズ感”にも繋がってきます。 お客様が何を求めているのか、どんなポイントにときめいてくださったのか。そうした客観的な意見を意識しながら、デザイン案を考えるようにしています。 最近では、グッズが体験の一部として重要な役割を果たしているように感じます。そうした中で、グッズが作品やファンに与える影響についてどのように考えていらっしゃいますか? 私も現代において“体験”は大切だと考えています。 便利な時代になり、スマートフォンがあれば、様々なコンテンツが楽しめるようになりました。 しかし、情報だけを体に取り入れているような感覚に、どこか物足りなさを感じている人も多いのではないでしょうか。 例えば、動画配信サービスならボタンひとつで映画が見られるのに、なぜわざわざ映画館へ足を運ぶのか。 それは大音響の中で、同じ空間にいる人たちと感情を共有したいという思いや、映画館に足を運ぶ過程を楽しみたいという欲求があるからだと感じます。 演劇も同様です。映像ではなく、生のキャストの演じる姿を観たいという思いがある。 そうした“体験”への欲求に対して、舞台・ミュージカルなどの演劇、そして公演グッズは応えてくれるのではないかと思います。 さらに、グッズという手元に残る形は、あの時の"感動"を呼び覚ます装置でもあります。 だからこそ、公演グッズは作品やファンの皆様にとって欠かせない役割を担っているのだと考えています。 苦労したことや、やりがいを感じる瞬間はどのような時ですか? この仕事で難しさを感じるのは、チームで仕事を進める上での連携です。誰に何を、いつまでに伝えるべきか、といった事務的なやりとりに混乱してしまうことがあります。 仲介を通して確認をしなければならないこともあり、入稿期日との間で歯がゆさを感じることが少なくありません。 また、パソコンに向かって黙々と作業をしていると、デザインしたものがこの後どうなっていくのか、が意外と見えづらくて苦しいと感じる瞬間もあります。 デザイナーとしては、独創的なものを求められるというより公演での象徴的なモチーフをいか魅力的に落とし込むかが重要です。 そのため、舞台のモチーフや素材がないときにどこからアイデアを引っ張ってくればいいのかと試行錯誤することに苦労を感じます。 しかし、自分では納得のいかなかった商品や、モチーフや素材がなく試行錯誤した商品でもお客様から反響をいただくこともあって「やってみるものだな」と感じています。 公演初日を迎えて、自分がデザインしたものをお客様が手に取ってくださったり、すぐに身につけてくださったりする姿を見ると、本当に嬉しいです! 学生時代とは違い、自分のデザインが世に出ているという怖さや責任を感じる瞬間もありますが、それ以上にお客様の反応を直接目にするとやりがいに繋がります。 グッズを通じて、ファンや観客の方々にどんな想いや体験を届けたいですか? お越しくださった観客の皆様がそれぞれの日常に戻ったときに、作品を見た時の感動や記憶をふと思い出して、勇気や元気が湧いてくるグッズづくりを心掛けていきたいです。 最後に、グッズデザイナーを目指す方々へアドバイスをお願いいたします。 社会に出ると、自分の創りたいものと周りから求められるものとのギャップが生まれるというのは当然のことだと思います。 学生時代、先生から「創りたいものを創れるのは今のうちだけだよ。だから今のうちに好きなものを創って、やりきる体験をしておけ。」と言われたことがありました。 当時はあまりピンときていなかったのですが、今回の取材を受けて、ハッと思い出して。 「今になって先生の言葉が響いているんだな」と感じています(笑)。 先生からは他にも「誰かに求められるものでも、結果的に自分の創りたいものになってくるよ。」とも言われました。 その言葉は100%理解できているわけではありませんが、公演初日にお客様が購入する姿を目にすると分かってくるところもあります。 これから志す方々に伝えたいのは、自分の表現を突き詰めたいなら個人で活動するのも1つの道かもしれません。 一方で、就職してデザインの仕事をしていくようであれば、求められるものを理解し、それに応えるための努力を模索し続ける覚悟が必要だと思います。 学生のうちは創りたいものを自由にできる環境がありますから、悔いは残さないように今のうちにやりきってほしいです。 *** 石居様、ありがとうございました! デザイナーとしての責任やチームで働く難しさ、そして常にスピードを求められる厳しさ。 そうした壁を乗り越えた先に届くファンや観客の方々の反応が、何よりの励みになっているのだと強く感じました。 改めて、舞台・ミュージカル、そして公演グッズが私たちに与えてくれるのは、単なるお土産や観劇ではなく、日常を彩り、心に残る体験そのものだと気づかされました。 デザイナーの熱い想いが詰まった公演グッズと共に、ぜひ皆さんも舞台の世界に触れて、勇気や元気が沸いてくる特別な体験をしてみてください。 #デスノートミュージカル@dnmusical ご来場のお客様へのご案内✉ 『デスノート THE MUSICAL』(東京公演) ▮ 当日券販売(劇場・WEB) ▮ 関係者への手紙のお預かり ▮ 公演グッズ物販 などhttps://t.co/GH5mVdic7v /-/|東京建物 Brillia HALL pic.twitter.com/DwMjGQLZVM — ホリプロステージ|舞台制作&チケット販売 (@horipro_stage) November 17, 2025 2025年11月24日より幕を上げた『デスノート THE MUSICAL』では、石居様が手掛けたグッズも販売されています。 ぜひ劇場で注目してみてください!   ご協力:株式会社ホリプロ 公式X(旧Twitter) 公式Instagram

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