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写真家 鈴木邦弘エッセイ「ダンス、ダンス、そして魂について」vol.2

翌朝、私は集落の長コバに昨夜のことを尋ねた。

「モコンディとは、何なのだ。神なのか、いったい何者なのだ」。と私。
「モコンディはピグミーだ。森にずっといるピグミーだ」。とコバ。
「ピグミー?ピグミーとはどういうことなのだ」。と私は尋ねる。
「ピグミーは、ピグミーだ」。とコバ。

まるで禅問答だ。私は訳が分からずマヌーとジャンクロードの顔をにらんだ。通訳をしている2人も困った表情でいた。そして2人は私の質問を待たずにコバに尋ね続けた。

2人が聞いたコバの話によると、モコンディとはピグミーたちの祖先、霊、彼らの魂のようなものだ。モコンディは、森で最初に生まれたピグミーだ。そして、モコンディは今でも森にいて、ピグミーたちの集落を転々と移動しているという。集落を訪れた彼は、ピグミーの青年(15歳以上)男子に乗り移る。そして、乗り移られた男はモコンディになって狂ったように踊る。集落のピグミーたちは彼を歓迎して、一日中一緒に踊るのだ。そして、モコンディは集落を去って行く。モコンディの去ったピグミーの集落は新しく生まれ変わるというのだ。

私はジャンクロードとマヌーと一緒にコバの家を再び訪れて聞いた。「コバ、モコンディはまだ集落にいるのか」。
コバはきっぱりと答えた。「モコンディはまだいる。また踊る」。

その日の4時ごろ再び男たちがいなくなっていることに気づいた私は、集落に残っていたコバに尋ねた。

「モコンディを呼ぶために男たちは森に入ったのか」
「そうだ。男たちは森の中にいる。モコンディを呼ぶために」。と答えるコバ。

私は即座に聞いた。「モコンディを呼んでいるところを写真に撮りたい。私も森に入る。良いか」。
コバは間髪を入れずに答えた。「だめだ。お前はピグミーではない」。
私はさらに食い下がった。「なぜダメなのだ。森に入らせてくれ」。
語気を強めてコバは答えた。「だめだ、ピグミーではないお前が、今森に入れば、死ぬ」。

私はその返答をジャンクロード経由で通訳したマヌーに聞いた。「マヌー、ピグミーではないお前も今森に入ったら死ぬのか」。
マヌーは静かに答えた。「そうだ、オレも死ぬ」。

しばらくすると昨夜と同じように男たちに囲まれたモコンディが踊りながら広場に入ってきた。女たちはその様子を見て広場の中を逃げ回った。モコンディは広場の中を太鼓や空のポリタンクや手拍子などが叩き出す強烈なリズムに合わせて、勝手に動き回り踊っていた。その理由は分からないが昨夜との違いがあった。あちこちを踊り回るモコンディに向かって女たちが大声で何かを叫んでいるのだ。それに対してモコンディは、叫ぶ女たちに踊りながら向かって行く。そしてさらに女たちが叫ぶ。この状態を何回も繰り返しているうちにモコンディは狂ったように興奮し、激しく踊りだした。もう広場の中は収拾のつかない状態になった。男たちは慌ててモコンディを取り押さえ、抱えるようにして森の中に消えていった。

この日の夜は、子供たちが遊び半分で太鼓を叩くぐらいで、ピグミーたちは誰一人踊らなかった。疲れ果てている大人たちは皆それぞれ横になり早い眠りについた。
モコンディが村を去ったのだ。

最初に予定していた滞在期間の1週間がすぎても、私は撮影がまだ足りないと感じていた。ピグミーたちのポートレートと生活の様子をさらに撮影するため、滞在を3日間延ばした。結局ここには、都合10日間滞在した。この10日間にいろいろな出来事があった。そして、ピグミーたちの様々なことを見聞きした。

ここを去る前に集落の長コバに質問をした。
「なぜピグミーたちは、毎日毎日こんなに沢山踊るのだ。」
「それは獲物がたくさん獲れるようにするためだ」。とコバ。
「獲物をたくさん獲れるようにするため。いったい、どういうことだ」。私は例のごとく良くわからない答えに戸惑っていた。

通訳の2人も、このころには、彼らをにらむ私の顔が何を意味するのかを理解して、私が質問を続けなくとも彼らは問い続けていた。2人が聞いたコバの答えは非常に興味深いものだった。

「ピグミーは狩りをする。しかし、狩りをしても時々、獲物が獲れない時がある。これは、森が眠っているから獲れないのだ。森はよく眠るのだ。狩りをするピグミーは、眠っている森を起こさなければならない。そう、森を起こすために歌を歌い、踊りを踊る」。とコバは言うのだ。
ピグミーたちは、私たちのように何かを欲するために神頼みをしない。全てを与えてくれる森に対して、ピグミーたちは動物が獲れるように願ったりはしない。その必要もない。彼ら彼女たちに森がそんなことをするはずがないのだ。動物が獲れない時は、森が眠っているだけなのだ。ピグミーたちは森を信じきっている。ピグミーたちの内には、私たちが考える神のような森は存在していない。ピグミーたちは森の一部であり、彼ら彼女たちにとって森が全てなのだ。

最後に私はコバに聞いた。「ピグミーにとって森とはどのようなものだ」。
コバは不思議そうな顔をして答えた。「森は、森だ」。

私はコバの答えを聞いて、ピグミーたちが「神の踊り子、森の民」と呼ばれる本当の理由を理解したような気がした。

 

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