飯塚明夫アフリカフォトルポルタージュ《ニャーマ》 Living For Tomorrow:明日へ繋ぐ命 #2
アフリカ大陸には54ヵ国、約12億人の人々が暮らす。ライフワークとして約30年間、この大陸の人々の暮らしと文化、自然を取材し実感したことがある。それは「彼らに明日は約束されていない」ということだ。
アフリカの人たちの「命の生存」を支える経済基盤は驚くほど脆弱である。不安定な現金収入のため、「その日暮らし」の状況に置かれている。今日の一日の労働は、明日に命を繋ぐための闘いだ。
だが彼らから感じるのは、悲壮感よりエネルギッシュな生活力である。厳しい社会状況の中で一生懸命に生きる人々に尊厳を感じたことも多い。そのような彼らの姿をシリーズでお伝えしたい。
メインタイトルの「ニャーマ」は「霊魂・生命力」等を意味する西アフリカに住むドゴン族の言葉である。アフリカの人々の中に息づく逞しい「ニャーマ」を少しでも感じ取っていただけたら幸いである。
アフリカフォトルポルタージュ-#2
サヘル・牧畜の民
-乾燥の大地に水を求めて-
西アフリカの乾燥した大地サヘル地帯に暮らす牧畜民たちのキャンプ地を訪ねた。「サヘル」はアラビア語で「岸辺・縁」という意味だ。一般にサヘル地帯はアフリカ大陸に拡がるサハラ砂漠(世界最大の砂漠)の南縁の地域を指す。西のセネガル、モーリタニアから東のエチオピア、スーダン、ケニア北部まで続く広大な半砂漠地帯だ。
サヘル地帯の年間降雨量は150~500ミリ程。不安定な降雨量に加えて、家畜(駱駝、牛、羊、山羊)の過放牧や人口増加による樹木の伐採などで乾燥化が進み、干ばつが起こりやすいため、「アフリカの飢餓ベルト」とも呼ばれている。干ばつや水不足の対策として、サヘル地帯には地域の実情(自然環境と財政状況)に合った様々な水場が点在している。
ダカール(セネガルの首都)で、病気の家畜のために薬を買いに来た牧畜民のパティ・ソウ(65歳)さんと知り合いになった。彼がキャンプ地に帰るというので同行した途中での出来事だった。
「俺が今一番欲しい車があれだ!」
車に同乗していたパティさんが叫んだ。彼の指差す方向を見ると、道路工事の埃を抑えるために給水車が水を撒いていた。乾燥した土地で家畜のために、多大な時間と労力を水汲みに費やしているパティさんが思わず発した叫びだった。
彼が放牧を営むセネガル中央部のリンゲール地方は、サヘル地帯に属する。1970年代と1980年代半ばに起きたサヘル地帯の大干ばつにより、パティさん一家は数十頭の家畜を失ったという。それ以降も度々起こる干ばつに彼は危機感を抱き続けている。
パティさんのキャンプ小屋の周りにはバオバブやアカシアなどの樹がまばらに生えていた。放牧の期間中は干し草と木の枝で作った簡素な小屋でパティさん一家は過ごす。
牧歌的な風景だと思いながらあたりを見まわして、私は違和感を覚えた。鉄の格子で保護され巨大なポリタンク(容量約1000リットル)が視界に入ってきた。その隣には大型トラックのタイヤのチューブ(容量約530リットル)と、直径60センチ程、高さは1メートル程の円筒状のポリタンク(容量約270リットル)が並ぶ。どれも貯水容器として今では牧畜民の必需品だという。
全て満タンにすると約1800リットル。しかし12人の家族と約200頭の家畜(牛や羊、山羊)の飲み水としては2日分にもならない。今日では放牧ではなく、水の確保がパティさん一家の最も重要な仕事になっている。牧畜民とその家畜で混雑する水場で、必要な水の量を確保するのに、一日かかることもあるとパティさんは嘆いた。「給水車が欲しい」という彼の叫び声が脳裏によみがえった。
日々水の確保に追われるパティさん。それでも家畜を飼うことに強い想いがある。
「俺たちが牛や羊をたくさん飼うのはお金のためだけじゃない。家畜は牧畜民の誇りだ。家畜を飼うことは俺たちの人生そのものだ」と胸を張った。
近年西アフリカのサヘル地帯ではボコ・ハラムやアルカイーダなどのイスラーム過激派が集落や学校を襲撃する事件が多発している。また今年4月28日の朝日新聞には、ケニア北部地域では干ばつで数か月の間に約140万頭の家畜が犠牲になり、牧畜民の命も脅かされているという記事が載った。気象研究者の話では、干ばつの要因の一つに遠く離れた南米ペルー沖の「ラニーニャ現象」(注)があるという。
パティさんのように誇りを持って家畜を世話してきたサヘル地帯の牧畜民たちは今日、テロ活動や地球規模の気候変動などに否応なしに巻き込まれながら、日々の暮らしを営んでいる。
(注)南米ペルー沖の太平洋の海水温が平年より低くなる現象。人為的な地球温暖化で起き、アフリカ東部の干ばつと関連があるという。
文・写真/飯塚明夫
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