菊池東太のXXXX日記 vol.6

わたしはナバホ・インディアンの写真でデビューした。

ところが今になってその写真に納得がいかなくなってきた。インディアンと呼ばれている珍しい人たちという視点で彼らを見、シャッターを押していた。同じ人間という視点ではないのだ。

撮り直しに行こう。最終作として。この考えに至った経緯も含めて、これから写真家を目指す若者たちに語ってみたい。

▼vol.1からご覧ください

▼前回はこちら


 

気温が摂氏52度、湿度9パーセントというのを体験したことがある。アメリカ行のときだ。

場所はカリフォルニア州南部、ネバダ州境と接している。その名もデスバレー、死の谷という名前の国立公園だ。特別に美しい景観などというものはなにもない。それでも国立公園だ。
ただ、海抜が海面より低い。このあたりはマイナス84メートルという表示があった。海面より84メートル低いという意味だ。地上の風景としてはアメリカ合衆国では最も海抜の低い場所だ。そこで気温52℃、湿度9%というのを体験した。高い山の頂上は寒い。逆に低いところは暑いということになる。

あたりを見回すと地面が白っぽい。塩が露出している。かつては海だったのだ。白亜紀の時代、アメリカ大陸は東西に分断され、この辺りは海だった。日本では35℃になっただけで猛暑だし、40℃になることはめったにない。まして50℃をこえるなどということは。

ナバホの保留地にいる時に40℃は時々体験していた。だが日本で感じる40℃とは体感的にかなり異なる。ナバホでは湿度が10%台か、ときには一桁ということも珍しいことではない。すると暑さはそんなに感じることはない。確かに暑いが我慢できる。これが日本だと湿度が30%から40%だ。すると、ただ暑いなんてレベルではすまない。

寒さの感じ方も同じだ。ある年の冬、ワイオミング州のスキー場に行った。これがたまたま20数年ぶりの寒波で摂氏マイナス36℃に気温が下がった。ロープウェイが寒さで止まってしまった。だが寒いけどなんとかなる範囲だ。

つまり暑さも寒さもその体感は、湿度によって大きく異なるというのが実際である。湿度が低いと暑さも寒さも感じにくいのだ。
だから湿度が低いと、危険を察知しにくいので、アメリカでは温度と同時に湿度も見るようにして、湿度への注意を高めるようにした。
逆に湿度が高い日本ではあまり気にしない。洗濯物の乾きが良いか悪いかというぐらいのものだ。

グランドキャニオンに流れ込むコロラド河

こうやってグランドキャニオンになる

コロラド河の蛇行

グランドキャニオンの谷底

 

アメリカの風景、景色といえば最初に頭に浮かぶのは何と言ってもグランド・キャニオン国立公園だ。アメリカの南西部に位置する大渓谷、観光客の多いところだ。何度も行ったナバホ保留地からは3時間のドライブでたどり着ける。

同居先のメディスンマンのじいさんは近所と植生が違うので、すぐ地面にしゃがみこんで様々な草を薬草として採集をはじめる。
特別の格好をしているわけでもないのに観光に来た白人たちに、すぐカメラを向けられる。日本人の私もいっしょだ。見分けがつかない。みんなまとめてインディアンなのだ。ひと言の断りもなしにシャッターを切られる。撮り終わって、「ありがとう」のひと言もない。インディアンという人たちを対等の人間として見ていない白人たちの態度だった。

かれらと一緒にいるとき、白人から何度もカメラを無作法に向けられた。写真を撮っていいかと許可を求められたことが一度もない。レストランで私たちのテーブルにコーヒーを出し忘れたとき、「ゴメンナサイ」もなかった。これが白人に対してだったらあり得ないことだ。必ず一悶着が起こっていただろう。

もちろん、インディアンと一緒にいる日本人の私はインディアンと認識されている。黄色人種のインディアンと日本人は見分けがつかないのだ。
それについては文句はない。インディアンと見分けがつかなく、同一視されたのが不愉快だったというわけではない。何の断りもなしに興味本位にカメラを向けられ、シャッターを切られたことが不愉快だったのだ。
かれらインディアンと間違えられることによって、かれらと同じ不愉快さを体験した。
ほんの少しかれらインディアンの気持ちになれた。

vol.7へつづく

関連記事