【写真学校教師のひとりごと】vol.3 馬場智行について

わたし菊池東太は写真家であると同時に、写真学校の教員でもあった。
そのわたしの目の前を通り過ぎていった若手写真家のタマゴやヒナたちをとりあげて、ここで紹介してみたい。
その人たちはわたしの担当するゼミの所属であったり、別のゼミであったり、また学校も別の学校であったりとさまざまである。

これを読んでいる写真を学ぶ学生も作品制作に励んでいるだろうが、時代は違えど彼らの作品や制作に向かう姿が少しでも参考になれば幸いだ。



 

円錐角膜というのがある。1,000人に1人ぐらいの割合で存在するという。フラットであるべき角膜が円錐状になっているのだ。

この男、馬場智行は左目が円錐角膜であり、右目は通常の角膜であるから、同じものを見ているのに右目と左目では見えているものが同一ではない。右目と左目の微妙な角度の違いにより立体感や距離感を感知するのだが、それも完全にはできない。

だが、馬場は実にシャープな映像の初作で、ニコンで展示するという難問を楽々とクリアしてしまう。
写真は脳で映像を判断するので、角膜の問題はかれの感性に何ら悪影響をおよぼしていないのだ。
わたしはかれの担当教師であるのに、かれの目の状況を正確に把握していなかった。
それよりも優れたテーマ力と感性を所有する学生の出現に、大喜びをしていたのだ。
とにかく、馬場の力量は初作で証明された。

人間と魚の間に水というものの存在を感じさせない空間、というプロットを組み立て、40枚の写真世界を作り上げた。
これが第1作の「Acryl」で、かれの右目の世界である。

2011年「Acryl」 Nikon Salon

 

2023年「孤独の左目」 横浜市民ギャラリーあざみ野

そして今回の作、「孤独の左目」だ。
突如ここでかれは自分の状況を明らかにしようとする。馬場の左目には作品で示されたような、世界が広がっているのだろうか。
左が円錐角膜であることによって、同じものでありながら右と異なった形の像を見ていることになる。右目の普通の像と、形の異なった左目の像。同時に二つの像を見るとどのようなことが起こるのだろうか。
本人の言によると、左目の様々な部分を補って、右目で見た像を主体にした映像が脳のなかに広がるのだという。
そのような状況を想像しようとするだけで、わたしのような神経の持ち主は頭がいたくなってくる。

円錐角膜の左目で見た世界。不鮮明な映像。ブレる。ピントが合わない。情報的な限界。視覚とはいったいなんなのか?
その見えないものをもう一方の目と脳で補っていく。
これは一般の人、つまり多数の人たちも完全に見えているのではなく、不足している部分を脳で補っている部分があるのではないか、とかれは言う。

ここで白状しておくがわたし、菊池東太も目において大いなる欠陥とでも言うべきものを持っている。
赤緑色弱なのである。緑の葉に囲まれた赤い椿の花を見つけるのは、非常に困難なのだ。
わたしの時代は色弱であることによって、大学の理工系学部には進めなかった。身体検査で落とされるのだ。国立、私立を問わず。
こうして希望の道を断念させられたわたしはアルバイトの延長で写真の道に進んだのである。
視覚というか色彩の認識に大問題があるのに、写真の道に入ったのだ。
だが、この色神異常によって不都合がおこったことは今のところない。
色彩間隔がおかしいとか、変と言われたこともない。自分が素敵だ、素晴らしいと思ったものが、良い、と思うことにしている。
馬場の今後の活躍に期待する。

馬場智行

1981年和歌山県生まれ。大学卒業後、日本写真芸術専門学校3年制フォトアートコース卒業。

国内・海外で個展やグループ展を開催。2011年個展「Acryl」 Nikon Salon(新宿・大阪)、2014年作品集「ACRYL」刊行 第56回全国カタログ展「全国中小企業団体中央会会長賞」受賞、2015年個展「Suburbian Tapestry」undo(三ノ輪)、個展「ACRYL」TAP(清澄白河)、「Elements of light −それぞれの光−オハラブレイク」(猪苗代湖)、2016年 グループ展 「日本の写真 ー新たなる世代ー 」田園城市(台北)緑光+MARUTE(台中)、2017年 個展「孤独の左目」G gallery(台北)、2023年個展「孤独の左目」横浜市民ギャラリーあざみ野 他。

菊池東太

1943年生まれ。出版社勤務の後、フリー。

著作
ヤタヘェ~ナバホインディアン保留地から(佼成出版社)
ジェロニモ追跡(草思社)
大地とともに(小峰書店)
パウワウ アメリカインディアンの世界(新潮社)
二千日回峰行(佼成出版社)
ほか

個展
1981年 砂漠の人びと (ミノルタフォトスペース)
1987年 二千日回峰行 (そごうデパート)
1994年 木造モルタル二階建て (コニカプラザ)
1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西 (コニカプラザ)
1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年 (コニカプラザ)
2004年 足尾 (ニコンサロン)
2004年 DESERTSCAPE (コニカミノルタ)
2006年 WATERSCAPE (コニカミノルタ)
2009年 白亜紀の海 (ニコンサロン)
2013年 DESERTSCAPE-2 (コニカミノルタ)
2013年 白亜紀の海2 (ニコンサロン)
2015年 日系アメリカ人強制収容所 (ニコンサロン)
ほか

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