やさしく解説! 写真をプリントする意味ってなに?
はじめに
みなさんこんにちは。イメージングディレクター/フォトグラファーの芳田賢明です。これまでいろいろなジャンルの写真を多数制作してきました。日本写真芸術専門学校では、1年生に向けて基礎的な写真の画づくりやプリントについての授業を担当しています。
この PicoN!では、主にプロの方やステップアップをしたい写真学生の方に向けて、カラーマネージメントや RAW 現像について書いてきました。
今回は、写真を始めて間もない方や、これから本格的に写真を勉強しようと考えている方へ、写真のプリントについてお話ししたいと思います。
写真を「表現」として考えてみる
写真というものはとても身近なもので、身体が不自由などの理由がない限り、見たことがない人や撮ったことがない人はほとんどいないと思います。ですが、身近すぎるがために、写真も表現方法の一つであるということに気づいていない人が少なくないように思います。
写真には大きく分けて「記録」の側面と「表現」の側面があります。
例えば、貼り紙の内容を後でゆっくり読もうと思って写真を撮ることがありますが、これは表現とは違いますね。単に記録している、コピーを取っているということです。そこに自分の気持ちを載せているわけでもないし、それを誰かに見てほしいと思っているわけでもありません。
ですが、同じ貼り紙の写真でも、それがすごくかわいいとか、面白いとかで、自分の気持ちとシンクロした、誰かに見てほしい、そう思って撮ったのなら、それは表現のために撮ったものといえるでしょう。
もう少し具体的に説明します。飼っている猫がかわいくて写真を撮っていて、それをみんなに見てほしいと思っているとします。そこで伝えたいことは、単に「私の家にこういう猫が住んでいる」という記録だけではないですよね。「何月何日にこの子がここにいた」という記録の意味もありつつも、「この子がこんな仕草や表情をしていた」とか、「きっとこんなことを考えているのではないか」とか、「私とはこんな関係性なんです」といったことを伝えようとしていると思います。それが表現ということです。
ホテルに泊まるとき、部屋番号を忘れないようにいつも鍵の写真をスマホで撮ります。目的は「部屋番号の記録」なので、表現ではありません。ただ、右の写真には「おこしやす」と書いてあり、書いてくれた嬉しさと誰かに話したいという気持ちが混ざっていて、左の写真よりは多少「表現」の要素があるといえます。
今回のお話では、絵や音楽と同じように、写真を表現方法の一つとして捉えることにします。
写真表現の3つのステップ
写真を「表現するもの」として、大きく3つのステップ……①撮る、②仕上げる、③伝える、に分けて考えてみます。
まず「撮る」は、カメラを使って撮りたいものを切り取り、記録することですね。これは多くの人が毎日のようにやっています。スマホのカメラロールに写真がたくさん貯まっている人もいると思います。
撮影について知識や技術を深めている人であれば、ピントをどこに合わせるかとか、背景のボケをどのくらいにするかとか、シャッタースピードを変えて被写体の動きをコントロールしてみようとか、撮影時点での工夫もいろいろします。
次に「仕上げる」は、言い換えれば、撮った画像を写真という作品にすることです。
例えば、楽しいひとときを撮った写真なのに、暗くて青っぽくなっていたら、楽しい雰囲気があまり感じられません。そこで、明るくしてオレンジっぽい色に調整することで、「撮ったままの色」から「私が感じた色」になり、作品として仕上がっていきます。今ではこの程度の調整はアプリで簡単にできますが、画づくりを深めている人であれば、JPEG よりも光の情報を豊富に持っている RAW という形式のデータで撮影し、パソコンを使って細かな調整をしていきます。
上と下の写真は同じものを RAW 現像でつくり分けたものです。全く印象が違って感じられると思います。
こういう説明をすると「デジタル加工はいかがなものか」という話が出てくることがあるのですが、撮影がフィルムであっても、撮影後の暗室作業で明るさや色の調整をするのは普通のことでした。これはデジタル特有のことではなく、表現の一部として昔から行われていることなのです。
次は「伝える」。作品は人に見てもらうことで完成します。人に見てもらい、感想を聞いて、コミュニケーションが生まれる、そしてそれがまた次の撮影へのきっかけになるのです。
SNS や Web で作品を公開したり、写真展を開いたり、コンテストに応募したりするのはこの段階です。
写真のプリントは、この「伝える」に大きくかかわっています。
「プリント」とは何か
写真の「プリント」と言ってきていますが、プリントとはいったい何でしょうか。
辞書を引いてみると、最初の意味としては「印刷すること」「印刷物」とあります。そして、「写真のネガをポジとして焼き付けること」とも載っています。となると、多くの場合「写真のプリント」というと、「印刷されたり焼き付けられたりした写真」ということになります。
かつて、デジタルカメラがなかったころ、写真はフィルムで撮るものでした。フィルムにはポジ(目で見たままの明暗で記録されている)とネガ(明暗が逆転して記録されている)があり、多くの場合、ポジは印刷物にする、ネガはプリントにすることで写真を人に伝えていました。つまり当時は、写真を撮ってもプリントをしないと人に伝えることができなかったわけです。
ですが今では、インターネットを使って、世界中どこへでも画像を送ることができ、すぐにモニターで写真を見ることができます。プリントしなくても写真を人に伝えることができるようになったのです。便利になりました。
そうなると、「写真をやっているけれどプリントはしたことがない」という人が珍しくなくなります。昔は「写真をやる」ということの意味には「撮影をする」ことと「プリントをする」ことが含まれていたのですが、いつの間にか「写真をやる」の意味から「プリントをする」の要素が少なくなってきたのです。
今もなおプリントがなくならないのはなぜか
「写真をやる」の意味から「プリントをする」の要素が少なくなってきた現在でも、多くの写真学校ではプリントの授業があり、作品の評価もプリントで行われることが一般的です。
これは、写真学校が時代遅れなのではなく、写真を表現として捉えたときに意味のあることだからです。
写真を「表現」としてではなく、貼り紙の例のように「記録」や「情報」として捉えれば、早く効率的にコストをかけずに伝えることが大事で、便利であればあるほど良いので、わざわざ手間をかけてプリントする必要はなくなります。多くの人が新聞や雑誌ではなくネットニュースやポータルサイトから情報収集するようになったのはそういうことです。ですが、写真を「表現」として捉えたときも同じで良いでしょうか。皆がスマホで写真を見ている時代なのに、どうして写真集や写真展がなくならないのか。そこに大きなヒントが隠されているのです。
ということで、次回は実際に写真展に足を運び写真家に話を伺います。
「今もなおプリントがなくならないのはなぜか」に対する答えが見えてくるかもしれません。
芳田 賢明
イメージングディレクター/フォトグラファー
日本写真芸術専門学校 非常勤講師
株式会社 DNP メディア・アート所属、DNP グループ認定マイスター。
写真制作ディレクターとして、写真集やアート分野で活動。フォトグラファーとしては、ポートレートや都市のスナップ、舞台裏のオフショットを中心に撮影。
https://www.instagram.com/takaaki_yoshida_/
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