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日本写真芸術専門学校フォトフィールドワークゼミ・帰国報告会レポート〈2025〉

「本当の旅とは、新しい風景を求めることではない。新しい目をもつこと、他者が見ている百の宇宙を見出すことだ」
マルセル・プルースト ※1

アジア各国を旅しながら写真作品を創り上げる、日本写真芸術専門学校のフォトフィールドワークゼミ。その「旅」は単なる「旅行」の域に留まらない。

現地の人に話しかけ、心を通わせ、ときに友達になり、生活にさえ潜り込む。旅先を見るのではなく、旅先を生きる。すべては「本当の旅」のため。新しい目、他者の目で見た世界の清新さをレンズに収めるためだ。

10月30日(木)、秋の長夜が帳を下ろし始めた午後6時、182日間の旅を終えたフォトフィールドワークゼミ19期生・5名による帰国報告会が開催された。

壇上に上がる学生たちを、温かい拍手が包み込む。代表挨拶のマイクを握ったのは小林真綾さん。

「私たちフォトフィールドワークゼミ19期生は、先月末に無事、旅から帰国しました。思い返せばうまくいかないことも多々ありましたが、それと同等に価値ある日々だったと感じています」

旅の成果として生まれた作品たちがこの日、初めて公の前で披露される。大教室を浸す静寂。固唾を飲んで見守る100人超の観衆たち。暗闇の中で光るスクリーンはさながら、私たちを記憶の旅に連れ出す夜行便の窓になる。

※1. 筆者要約。原文は「Le seul véritable voyage, le seul bain de Jouvence, ce ne serait pas d’aller vers de nouveaux paysages, mais d’avoir d’autres yeux, de voir l’univers avec les yeux d’un autre, de cent autres, de voir les cent univers que chacun d’eux voit, que chacun d’eux est.」
(出典:マルセル・プルースト『失われた時を求めて』

文/佐藤舜(PicoN!編集部・NPI広報)

①鈴木瑞佳さん - 「布」を取り巻く人と暮らし

鈴木瑞佳さんは「布」をテーマに撮影した。インドやバングラデシュなどアジア諸国における刺繍、織物、染物などの伝統工芸についてだ。

当初はその技術や技法に興味があったが、撮影を続けるうちに関心は「布と人の関係」そのものへと移っていった。工房に通いながら撮影したいという鈴木さんの申し出を、現地の人たちは快く受け容れてくれた。

「布という存在は、人々の生活にどう根づいているのか?」「一枚の布は人々とのどのような関わりの中で生まれていくのか?」それが鈴木さんの問いになった。

布は自立した物体ではない。「織る」「縫う」「染める」といった、人々の行為の中ではじめて存在を与えられる。

それも一人の手によってではなく、織る人、縫う人、染める人、それ以前に、材料の綿花を育てる人、摘み取る人、加工して糸をつくる人。さまざまな人の手をわたっていく。複数の糸が撚(よ)り合うように助け合いながら伝統産業を営む人々は、それ自体が巨大な一枚の織物のようだ。

中でもその「材料」の部分、青々とした綿花畑や、その畑での農作業の様子を収めた写真が時折挿し込まれるのも、鈴木さんの作品のユニークなところだと感じた。

布は本来、大地の恵みに根差したものだ。綿花であれ蚕であれ染料であれ、布の材料はすべて自然の中から生まれ、やがてそれは衣服や寝具、カーペットといった “第二の自然” となって私たちの生活圏を形成する。シャツは身にまとう森であり、ラグマットはルームサイズの草原である。店頭や通販で布製品を買うことに慣れ切った私たちは、その感覚をすっかり忘れきっている。

また鈴木さんのカメラは、伝統を織りなす一本一本の「糸」の美しさ、すなわち職人たちの矜持やカッコよさも余さず伝えている。

スライドショーに添えるBGMとして、鈴木さんは自身がフィールドレコーディングした現地の音を流した。足音、砂音、石音、水音、擦れる音、叩く音、運ぶ音、きしむ音。色彩豊かなその物音は、何百年、何千年にわたって脈々と育まれてきた、文化という静かな生命の息吹のようだった。

➁小林真綾さん - 空想と現実のあわいで

本をテーマにしたという小林さんの作品は「On the Real」と題された。

皆さん、本は好きですか? 私は本を読み終えたとき、その作品の余韻や感情を人に話したくなります。

そんな問いかけから始まった彼女のプレゼンテーションは二部構成だ。第一部では旅に出る前、小説作品を読んで頭の中に広がったイメージを表現した作品たちが、第二部では実際にその小説の舞台を旅して撮った写真群が、それぞれ上映された。

第一部の作品たちは、小説の中の幻想的な世界観を、モノクロ写真のコラージュによる不可思議なイメージとして表現したものだ。

溶け合うように重なる風景、縮尺や遠近感の歪んだ時空、乱れた物理法則、日常世界に侵入する異物。小説家の創造性と、小林さんの想像力が化学反応を起こして生まれたイメージ。モノクロの効果も相まって、その作品たちは現実世界から隔たって幻想的な、そこはかとなくリアリティの欠如した夢の中の風景のように見える。

それは小林さんが旅に出る前の視点、頭の中だけで思い描いた、彼女の想像上の世界を表現したものである。

一方で第二部の作品は、フィールドワーク旅の中で撮影されたものだ。

街角や荒野、史跡など、第一部の作品群と対照的にリアリズムで撮影された写真。露出を落とした落ち着いた色彩や、第一部のイメージの残像も相まって、現実の風景でありながらどこか浮世離れして見える。現実世界の一部がほつれて夢の世界が露出しているような、不思議な感覚を帯びて見える。小説の世界を目の前の風景に重ねながら旅する小林さんの歩みを、追体験している気分になる。

荘子の「胡蝶の夢」の逸話のように、もしも小説の世界の住人たちが私たちの世界に迷い込んだら、彼らの目にはこのような風景が映るのかもしれない。私たちが「現実」と呼ぶこの世界もまた、脳という書物に描かれたひとつの夢にすぎないのではないかと考えさせられた。

カラー写真にもなり、「夢」と「現実」の差異が色彩によっても表現される。一方は自由である代わりに色彩がない世界。もう一方は不自由な代わりに色彩豊かな世界。夢と現実というものに対する小林さんの価値観が垣間見え、ヴィム・ヴェンダース監督の名作映画『ベルリン天使の詩』のコンセプトとリンクするようでもあった。

「聖地巡礼」という言葉は、現代において大幅にその意味領域が広がっている。神話ゆかりの地に限らず、アニメや映画・ドラマの舞台地を訪れることを指すようにもなった。史跡巡りやパワースポット巡りなども、現代的な「聖地巡礼」の一部かもしれない。

小林さんの作品は、ミステリアスな世界観の魅力もさることながら、私たちの生がそもそも根差している物語性を、空想と現実の間にはじつはそれほど明白な境界が存在しないことを表現しているようにも感じられる。

フィクションをもリアルの一部としながら生きている私たちのリアリティ。「On the Real」というタイトルには、そんな含意も込められていたのかもしれない。

③Välinoro Annさん - 旧植民地:占領時代の記憶と忘却

Annさんの作品タイトルは「An Hien ~ときには消えて、ときには見えない~」。An Hienは、彼女のルーツでもあるベトナムの言葉で「平和」を意味する。

Annさんは、旧植民地の現在をテーマに撮影を続けた。痛ましい歴史の記憶はどのように現在に残っており、あるいはどのように消えてしまったのか。

写真を上映しながら、Annさんは近現代における帝国主義の歴史や、その結果として生まれた植民地について説明する。西洋を中心としたいわゆる列強諸国が(戦前の日本もそこに含まれる)、経済的・軍事的利益のために他国を支配した歴史をAnnさんは「アイデンティティの強要」という、淡々としながらも強い言葉で定義する。

私たち日本人は “被害者” “加害者” 両方の立場から帝国主義に関わってきた歴史があるが、普段の暮らしで、それを自分事として意識することは少ない。

旧植民地と呼ばれる地域にも似たような事情がある。それは紛れもない歴史的事実であり、痛ましい記憶が消えてなくなることは決してない。しかし現代人が自分事として、生々しい体験としてその事実を想起するには、あまりに時間が経ちすぎている。当事者たちはほとんど生存しておらず、当時の痕跡を残した史跡も街中にわずかに残るばかりだ。

しかしAnnさんは、記憶は完全に忘れ去られたわけではなく、人々の無意識の中に生き続けているのではないかと考察する。彼女の解説を聞きながら現地の写真を見ていると、それが確かに過ぎ去った歴史ではなく、はっきりとは見えないながらも現在進行形で暮らしの背後に息づいていることを感じさせられる。

そもそも歴史の忘却という事態について、Annさんは必ずしもネガティブなだけのものとは捉えない。それは歴史への無関心ではなく、人々が前を向いて生きている証でもあると解釈する。

美術評論家アーサー・C・ダントーは「何がアートかではなく、いつアートなのかである」という言葉を残した。アートに限らず、すべての歴史について同じことが言えるかもしれない。「何がベトナムかではなく、いつベトナムかである」「何が日本かではなく、いつ日本かである」。

つまり “その国らしさ” の解釈は、時間尺度の切り取り方や、基準点の置き方によって変わってくる。

たとえば私たちが「日本古来の文化」と呼んでいる神話『日本書紀』のストーリーにさえ、南洋諸島など他地域の神話からの影響が見られる(加藤周一『日本文学序説(上)』参照)。逆に平成生まれの私にとってみれば、クリスマスにユーミンや山下達郎が流れ、バレンタインデーにチョコを配り合うのも、れっきとした日本の “伝統文化” のように感じられている。

Annさんの撮影旅には、じつはもうひとつ裏テーマがあった。旧植民地の歴史を通じて、自分のアイデンティティと向き合うことだ。

Annさんはベトナムで生まれ、フィンランドで育った生い立ちがある。ルーツがアジアにありながら西洋的文化の中で育ったというアイデンティティの不和を、自分の問題意識としてもっている。土着の文化の上に西洋文化が移殖されている旧植民地の風景。それはほかならぬAnnさん自身の半生を反映する鏡でもあるかのようだった。

いまあるものを受け容れ、そのいまを起点にこれからを形成していく未来志向。それは逆説的に過去を全肯定し、ねじれやゆがみ、ときには欠如までひっくるめて「自分らしさ」として認めていく力強さでもあるのかもしれない。

④山下結衣さん -  遠くて近い家:人の温もり

山下さんは近所に親戚が多い環境に生まれたこともあり、家族に限らず地域の人と密接に関わりながら育ってきた。

しかし大人になるにつれ、そういう “存在そのものとして” 人とつながっているような感覚が失われてしまったという。たとえば「クラスメイト」「先輩/後輩」「教師/生徒」「バイト仲間」といった社会的立場を通じて人と接することが主になったからだ。

今回の旅ではアジアの村や小さなコミュニティーを撮影対象に選び、「遠くて近い家」と名付けた作品集をつくった。遠い/近いという形容詞は、物理的距離だけでなく精神的距離も表せる。シンプルながら、さまざまな解釈が可能な奥深いタイトルだ。

インドやバングラデシュ、インドネシアなどアジア諸国の民家にホームステイしながら、各地域の家族とその生活空間を撮影した。異なる文化に属する家族の共通点や違いを浮かび上がらせ、観る人が自分の暮らしと重ねられるような作品を目指した。

海の向こう、何千キロも離れた未知の地への旅でありながら、それは山下さんが本来いた場所、温かな人との関係に囲まれ、あるがままの自分でいられた場所に立ち帰るための帰省旅でもあったのかもしれない。

山下さんが写す人たちは、いつも誰かと一緒にいる。ひとりきりで過ごしている人の写真は一枚もない。当たり前のように寄り添い、触れ合い、心を通わせ合う人々。この共同体には個室という概念も、個人という概念さえも希薄であるかのように見える。

思えばそのほうが自然なのかもしれない。「私は私である」という個の意識は、デカルトに端を発する近代西洋という特殊な文化圏がつくり上げた概念であると、哲学史的には言われている。「私」と「私でないもの」の区別はそれほど自明でも、明瞭なものでもない。

いつも食材を買っているスーパーは「私」でないのか(私の身体のたぶん30%くらいはそのスーパーでつくられているのに)。私の吸う酸素を生んでくれている森の木々は「私」でないのか。私の生活費をともに稼いでくれている同僚たちは「私」でないのか。……と考えていくと、むしろ「私」でないもののほうが、この世の中には稀有であることがわかる。

「私は私たちである」という生物として本来自然な感覚が、彼らの共同体にはいまなお生き続けているように見える。その「つながり」は、都会人のいわゆる「人間関係」とは一線を画すものだ。「人間関係」は個と個がその領域を侵し合ってつながるためにときに煩わしくなるが、彼らの「つながり」においては、元々自分と他者が一体のものと捉えられている。そのためにかえって主従関係や束縛といった、制度としての人間関係から自由になっている。そんな印象が山下さんの写真から感じられる。

私たち日本人の生活は、彼らの暮らしよりもおそらく便利ではある。しかし便利であるということは、1人で何でも完結できるということだ。「私に他者は必要ない」。これは翻って「他者に私は必要ない」ということでもある。現代社会のキーワードである “承認欲求” は、当たり前に他者に必要とされる機会を失った現代人が、不自然なかたちでそれを埋め合わせようとする現象なのかもしれない。

文化人類学者マルセル・モースの名著『贈与論』では、「人は交換するために交流するのではなく、交流するために交換する」という旨のことが説かれる。コミュニケーションが他者の評価やいいね数や営業利益やクラスでの立ち位置を得るための手段と化す以前、純粋な喜びとしてそれを享受していた頃の素朴な感覚を、山下さんの写真は思い出させてくれる。

⑤梁茉さん -  水辺に暮らす人々

梁(リョウ)さんはアジア諸国の「水域」にある共同体を訪れ、その暮らしを写した作品集『The Oasis』を制作した。

梁さん自身は、中国内陸の乾燥した地域に生まれ育ったと言う。そのため自分の出生地とは対照的な環境、水が近くに豊富にある環境に暮らす人々に特別な関心があったそうだ。

アジアの水域にはどんな人々が暮らし、その水がどのように人々の生活や日常を形作っているのかに焦点を当てた。水と人が互いに影響を及ぼし合って形成された土地の姿を、作品として表現した。

梁さんが旅した地域において、水は暮らしの中心であったり、観光の中心であったりと、重要な位置づけを与えられていたという。水の情景は梁さんにとってまさに心の “Oasis” となり、癒しをもたらしてくれた。世界の広さと人の温かさを旅の中で教わった、と彼女は語った。

一口に水域と言ってもさまざまな表情がある。切り立った水域、陸地と地続きの平坦な水域、荒々しく濁った水域、集落の中を縫うように広がる水域。これほどまでに水辺と密着した暮らし、水とともに築かれた暮らしというのは、私たち日本人のほとんどにとっても異文化であり、惹きつけられずにいられない。

とりわけ乾燥地帯に育った梁さんにとって、生命の源である水の豊かさとその輝きは、さぞ特別なものに見えたに違いない。

あこがれは元々「彼焦がれ」と書き、彼方(=ここではない世界)に恋焦がれる感情のことを表現した言葉だという。そういう意味で『The Oasis』はまさしく梁さんの憧れをかたちにした作品集と言えるかもしれない。彼女の写真には、水辺で暮らす人への憧れ、水という存在そのものへの憧れがひたひたと滲んでいる。

奇しくも私たち日本人も縄文時代には、亡くなった人は海の向こう(岸)に行くと考え、海に向かって突き出た岬を聖なる土地として崇めていたという説がある(中沢新一著『アースダイバー』参照)。水辺は何かと、私たちのあこがれを掻き立てる存在なのかもしれない。

岩手県・北三陸の「水域」が舞台のドラマ『あまちゃん』で、主人公の祖父・忠兵衛は「なぜ旅に出るのか?」と聞かれ、「このふるさとがいい所だと確認するため。世界中を見て回って、ここが一番いいところだとみんなに教えてやるため」だと答える。

自身のルーツと正反対の視点を旅する過程で、梁さんはふるさとについて何を思っていたのか。そしてどのように見え方が変化し、変化しなかったのか。知りたくなった。

***

帰国報告会の最後には、小林真綾さんが再びマイクを握り挨拶をした。その中で印象的だったのは次の言葉だった。

物心ついたときから私たちは「多様性」の大切さを教わってきました。でも実際に海外に行ってみると、衛生的な面など、どうしても受け入れられないところは出てきてしまいます。もちろん差別や偏見は良くないですが、かといって、すべて自分の中に受け容れようと無理をする必要もないんだと思いました。

机上の空論としての多様性を振りかざすのではなく、違うことを前提としたうえで相手の価値観を認め、共生を図ること。旅の中でいろんな経験をしたからこその、地に足のついた物の見方だと感じた。

最後に日本写真芸術専門学校校長のハービー・山口先生が、5人のこれからにエールを贈った。

この半年間の旅は人生の宝になると思います。これからも素晴らしい表現者として、切磋琢磨して挑んでください。

5人の作品は、上野・東京都美術館の第三展示室で2026年3月9日(月)~15日(日)に開催される卒業作品展に展示される。※詳細は日本写真芸術専門学校のHPにて随時発信予定。

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