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【内覧会レポート】もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち

神奈川県立近代美術館 葉山にて、『もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち』が2026年6月13日(土)より開幕しました。開幕前日の6月12日(金)に行われた内覧会で、本展を担当した三本松倫代氏(神奈川県立近代美術館 主任学芸員)にお話を伺いました。

本展は、1990年の再統一によって消滅したドイツ民主共和国(東ドイツ)で活動した15名の女性写真家を紹介する展覧会です。ベルリンを拠点とする現代美術コレクター、スヴェン・ヘアマン氏が所蔵するヴィンテージ・プリント・コレクションを中心に構成されており、ジビレ・ベルゲマン、エフェリン・リヒター、ウーテ・マーラー、グンドゥラ・シュルツェ・エルドヴィら、日本ではこれまで紹介の機会が少なかった写真家たちの作品が、まとまった形で初めて公開されます。

ブリギッテ・フォイクト《兄妹》1964年 Ⓒ Estate Brigitte Voigt. Courtesy Loock Galerie, Berlin

◎旧東ベルリンに眠っていたコレクション
今回の展示作品の主要な部分を占めているのは、ライプツィヒ美術大学の教授でキュレーターでもあったペーター・パフニケ氏の旧蔵品だそう。

三本松氏は次のように説明してくれました。
「パフニケは東ドイツが唯一ヴェネツィア・ビエンナーレに出品した際のコミッショナーとして知られています。ライプツィヒ美術大学での教え子や出身者の写真作品を多数所有していたことから、没後に市場に出た作品を収集したヘアマンさんのコレクションに多く含まれています。」

ヘアマン氏は、旧東ベルリンのシュプレー河畔にある元工場を改装し、ラインベックハレン財団を設立した収集家。三本松氏によれば、「東ドイツの女性写真家たちの仕事に強く共感したことから、重点的に集めてきたコレクター」だそうです。男性写真家やドイツ国外の作家の作品も収集しており、本展覧会にヘアマン氏自身も来日し、開会式でスピーチを行う予定とのことでした。

ジビレ・ベルゲマン《記念碑、ベルリン、1986年2月》1986年 Ⓒ Estate Sibylle Bergemann. Courtesy Loock Galerie, Berlin

◎社会主義リアリズムと、写真というメディアの自由
本展を読み解くうえで欠かせないのが、東西冷戦下における芸術の政治的な背景です。三本松氏は東側諸国の芸術動向についてこのように話してくれました。

「東側諸国では社会主義リアリズムという芸術様式が国家公認の表現とされていて、西側のポストモダニズムやアバンギャルドの動向と対立していました。人民に分かる表現で、社会のあるべき姿を伝えていくという綱領があって、それに従わない表現を望んだ芸術家たちは西側へと出国する動きがドイツにもありました」

社会主義リアリズムとは、社会が発展していくべき理想像を写実的に・わかりやすく描くという芸術理論です。アメリカを中心としたいわゆる西側諸国(資本主義諸国)では、個人(労働者と資本家)を主体とした自由経済を採用していました。そのため芸術においても、アーティストの自由な発想や内面的世界観を表現したムーブメントとなりました。ピカソの絵がわかりやすい例ですが、「写実的」であるよりも、「自由・個人的」であることが芸術の価値である。これがモダニズムやアヴァンギャルドの考え方です。

一方でソ連(現ロシア)を中心とした東側諸国では、国家を主体とした社会主義(共産主義)というシステムが採用されていました。経済は自由競争によってではなく、国家による計画・管理のもとで運営されるというものです。そのため「社会的リアリズム」(=理想の社会をリアルにわかりやすく描く芸術)は、国家が掲げる理想像を人民に伝える「国家公認の芸術」として採用されました。逆にモダニズム(=個人の自由な感性を描いた芸術)は「退廃文化」とされ排斥されていました。

そんな中、写真は比較的自由な表現ができる媒体だったそう。「写真は具象表現である媒体であるからこそ、逆に自由な表現ができた。体制批判のようなことはできなかったかもしれませんが、弾圧の少ない中で自由に制作ができた」と三本松氏は話してくれました。

◎”仕事”として写真と向き合った女性たち
本展のもう一つの軸となっているのが、ジェンダーと労働の視点です。「東ドイツでは、女性も労働力とされていました。工場の労働にも携わるし、研究者にもなるし、写真家・アーティストにもなる。職業写真家としてキャリアを築いた彼女たちは、他の職業と同様に自立していた」と三本松氏は語ります。

出品作家の中には、パートナーも写真家でありながら、自身も同等にキャリアを築いてきた作家もいます。現像から焼き付けまでをすべて自らの手で行っていた作家も多く、職業人としての自立した姿勢が伝わってきます。

レナーテ‧ツォイン《フリードリヒシュタットパラスト》1985年 Ⓒ Renate Zeun. Courtesy Loock Galerie, Berlin

◎発表の場がなくても、撮り続けた記録
80年代に入るまで、仕事以外での発表の場はほとんどないまま写真家たちは撮影を続けていたそうです。三本松氏は「発表できないけれど、やはり自分の表現としての写真は撮り続けていた。80年代になると芸術としての写真の認識も進み、国営のギャラリーで個展ができるようになったり、出版ができるようになったりした」と振り返ります。それでも、芸術としての写真作品を売って生計を立てるという状況にはまだならなかったとのこと。

展示作品は、ロシアへの取材で撮影されたダンサーの写真、ドレスデンの美術館で「絵の前に立つ人々」を観察した一連の作品、プラッテンバウ(集合住宅)の室内を記録したシリーズなど、当時の東側社会の日常が静かに滲み出るものが多いです。体制の外側でひそかに育まれてきた、その記録としての強度こそが本展の見どころの一つといえるでしょう。

◎世界が再評価し始めた、東ドイツ写真
出品作家のひとり、ガブリエレ・シュテッツァーはドイツで最も栄誉とされる現代美術賞のひとつカイザーリンク賞を今年受賞し、ベルリンのグロピウス・バウで大規模な回顧展が始まりました。ヘルガ・パリスも昨年ベルリンの写真美術館・フォトグラフィスカで回顧展が開催されるなど、東ドイツ写真への国際的な関心はいま急速に高まっています。三本松氏も「東ドイツ写真の見直しは今すごく盛んで、写真を含めた地下出版物などについても研究や収集が進んでいる」と話してくれました。

エフェリン・リヒター《ロシア》制作年不明 Ⓒ Erbengemeinschaft Evelyn Richter. Courtesy Loock Galerie, Berlin

日本でのドイツ現代写真の紹介は、これまで西ドイツ出身の写真家が中心でした。本展はその空白を埋める、またとない機会といえそうです。

会期中には、来日する出品作家と写真家・石内都氏によるクロス・アーティストトーク(6月20日※終了)、写真とジェンダーを専門とする笠原美智子氏によるゲストトーク(7月11日)などの関連イベントもあります。

“もはやない国”で、発表を期待されることなく撮り続けられた写真たち。その静かな強度に、ぜひ会場で触れてみてください。
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《展覧会情報》
『もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち』
会期:2026年6月13日(土)〜8月30日(日)
時間:午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)※休館日:月曜日(7月20日を除く)
会場:神奈川県立近代美術館 葉山(〒240-0111 神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1)
料金:一般1,200円/20歳未満・学生1,050円/65歳以上600円/高校生100円
https://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2026-unprecedented-women-photographers-from-the-gdr/
取材協力:神奈川県立近代美術館

 

 

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