陶芸家が命を削って作り出す「器」。フォトグラファー・五十嵐隆裕のクリエーションに影響を与えるものづくりの世界

「刷毛目七寸皿」山田隆太郎

フォトグラファーとして独立してかれこれ10年経つ。

この仕事は現像やらプリント作業で常に手が乾かない「水商売」だから覚悟しておけ!と学生時代は先生に言われたものだが、今振り返ると独立以来手が濡れたことは一度も無い。

その代わりに、毎日大量のケーブル類と電波に囲まれ続ける10年間である。さらにこの2年ほどは現場でストロボをほとんど使わなくなったので、LEDのピーキーな定常光にずっと晒される。そしてこのLEDも日々高出力化が進んでいて、こいつらはとにかく冷静かつ攻撃的。

昔のフォトグラファーと言えば、ぎっくり&痛風(個人的感想ですよ)のイメージだった訳だが、現代では同業者と話すと、偏頭痛&鬱病。僕は勝手にこれはデジタルの弊害だと思っている。パソコンも機材も大好きだけど、体と心への負担は日々感じている。今スマホが教えてくれた「平均スクリーンタイム」は7時間4分/日。毎日睡眠時間より長くスマホを見ているのか、、、

そんなこともあり、僕は自宅では電気機器からなるべく遠ざかって暮らそうと心がけている。

食には特に時間をかける。出汁を取る、お米を研ぐ、お茶を入れる。そんな当たり前のことを毎日丁寧にすることでデジタルデトックスをしているつもりだ。

そして食事に欠かせないものといえば「器」。僕自身が器のギャラリー「FOOD FOR THOUGHT」を経営していることもあり、特に陶芸全般が大好きである。

陶芸家は、僕たち現代のフォトグラファーとは完全に真逆の世界を生きているとつくづく思う。

かいつまんで説明すると:
1. 粘土を捏ね(山に入って土から採取してくる方もいる)
2. ロクロや型で成形
3. 釉薬を掛け乾燥
4. 窯で焼成(人によっては薪窯など自然の力のみを使う)

「青磁釉六寸皿」宮城正幸

ひとつの器ができるまでにデジタルの力は一切必要ないのである。必要なものは土と水と木と火のみ。自然と先人の知恵がベースの仕事。彼・彼女達の常に手は粘土まみれで濡れている。数多ある職業の中でも特に湿度の高い「水商売」だ。このプリミティブでサスティナブルなものづくりを仕事にして食べている陶芸家を、僕は心底尊敬しているし、うらやましく思っている。

「マグカップ/バイカラー」吉田直嗣

そんな陶芸家が命を削って作った器を使うこと:手で、口で、器の持つ土の滋味を感じながら食事をしたりお酒を飲んだりするのは本当に豊かなことだと思うし、炎が作り出すマチエールはデジタルでは作れないディティールに溢れていて、自分の写真のクリエーションにも確実に良い影響を与えてくれる。

常に帯電したような状態の現代フォトグラファーの皆さんにも、ぜひ器の癒しと愉しみを知っていただきたいなあ、と思う。僕の周りにも、器の沼にハマっている同業者、増えてきています、、、

「鉄絵尺銅鑼鉢」城進

 

FOOD FOR THOUGHT

@520_igarashi

文・五十嵐 隆裕
1980年 東京都出身
2002年 日本写真芸術専門学校 卒業後渡米
同年 University of Arizona / Pima Community College
2005年 Brooks Institute of Photography 広告写真科卒業
2007年 I.C.P(International Center of Photography)ジャーナリズム科卒業
同年 MoMA/リチャード・アヴェドン・ファンデーション インターン
2008年 帰国
2011年 伊島薫氏の助手を経て独立
2014年 株式会社ゴーニーゼロ設立
2016年 SIGNO所属

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