PicoN!な読書案内 vol.4
この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は、ブックデザインの可能性を追求するグラフィックデザイナーによる「人を支配するデザイン」についての本。
『独裁者のデザイン ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東の手法』
松田行正著(河出文庫)
前回の連載で紹介したような、見た目に個性がある本はついつい手に入れたくなってしまう。
今回紹介する作品も、書面で偶然手にとったものだ。シンプルだがインパクトある仕掛けに惹かれて購入した一冊だ。
一見、何の変哲もない文庫本。
内容が気になり、ページをめくろうとすると…
ヒトラーの顔が浮かび上がる。
向きを反対にしてみると、
こちらにはスターリンが。
思わず誰かに教えたくなるような、なんともユニークな装丁の著者は、松田行正氏。
彼自身がグラフィックデザイナーで、本作以外にも数多くの見た目が楽しい書籍を制作している。略歴とともに紹介していく。
松田行正氏について
1948年生まれのグラフィックデザイナー。1980年にマツダオフィスを創設。1985年に、出版レーベル「牛若丸出版」を設立。書籍・雑誌のデザインを中心に活躍し、建築物のサインやデザインも手がける。文字や記号の始まりに着想を得て、自ら著作活動も行っている。
松田氏が主宰する牛若丸では「オブジェとしての本」を追求しているという。一度見たら忘れられない遊び心溢れる造本デザインが特徴的だ。
例えば、ビートルズの軌跡を追うエッセイ集『B』では、タイトルにちなんで「B」の形をした書籍を制作。『1000億分の1の太陽系』では、書籍のページ数と太陽系の距離を対応させ、太陽系をミニチュア化。
その他にも、古今東西の文字や記号や暗号を掲載したカタログ集で、表紙カバーに空いた穴から文字を暗号のように解読する仕掛けの『ZERRO』など…直感的に見て楽しく、デザイン意図を知るとより一層楽しめる、そんな細部まで拘った魅力的な作品を多く出版している。
牛若丸出版が制作した本についてはオフィシャルサイトから確認してみてほしい。
序盤のヒトラーやスターリンのように、「小口側(背表紙の反対側)にイラストを入れる」デザインは、他の書籍でも多数取り入れられている。集めて書棚に並べたくなってしまう。
『独裁者のデザイン』について
さて、本書の内容を見ていこう。本書は松田氏が手がけた独裁者にまつわる「悪」のデザイン三部作の第三作目だ。
一作目の『RED』はナチス・ヒトラーにまつわるデザイン、二作目『HATE!』は人種差別に使われた表現の歴史を紐解いている。
『独裁者のデザイン』は、一作目から派生して、「独裁者」がどのように民衆を扇動しプロパガンダを浸透させてきたかを、デザインの視点から分析したものだ。
驚くのはそのボリューム。400ページの本書をめくるたびに参考図版が掲載され、実際の写真や絵を多数見ながら読み進める構成になっている。
教科書で見た肖像画や当時のポスター、風刺画、独裁者になる以前の写真…ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東の顔は何度も登場し、それぞれの残忍な人物像とともに語られる。
政治的な歴史だけでなく、中世絵画や近現代アートの事例とも比較されながらデザインについての論考が進むのも幅広い知識を持つ筆者ならではだ。切れ味の良い筆致に、様々な箇所で関心が引き出されるはずだ。
今年2月、ロシア連邦がウクライナに軍事侵攻を開始した。独裁者の存在が決して過去のものではないことを知らしめる痛ましい出来事だ。
本書は2019年に刊行されたが、一連の報道を受けて急遽文庫化が決まったという。
著者によると、本書は「独裁者のデザインを知ることで、世の中がそれに惑わされない判断力をつけていくことができるのでは」という企画意図があるそうだ。
デザインは使い方によって毒にも薬にもなる。その意図を見抜くことは、デザインスキルを身につけるだけでなく、自ら考える力を養う一助になるだろう。
文・写真:ライター中尾