PicoN!な読書案内 vol.9 ― 『10 Mame Kurogouchi』
この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。今回は、ファッションブランドの軌跡を綴った1冊。
『10 Mame Kurogouchi』
株式会社黒河内デザイン事務所・著(青幻舎)
「Mame Kurogouchi(マメ クロゴウチ)」は、デザイナー黒河内真衣子氏が手がけるウィメンズのファッションブランドだ。
繊細な刺繍が施されたドレスやブラウス、デザイン性がありながら品もある、タイムレスなジャケットやパンツ。伝統的な日本の文化や技術、自然の美しさを再解釈し、現代的な衣服に落とし込んだMameが作り出す衣服は、強く凛としてそれでいて柔らかな女性像を描き、著名人を含む多くの現代女性から支持されている。2018年にパリコレに初参加し、近年ではユニクロとのコラボでも話題になった。
2020年に創立10年を迎えたMameは、10周年を記念してデザイナーの故郷である長野県で美術展『10 Mame Kurogouchi』を開催(2021年6月19日〜8月15日@長野県立美術館)。本書はその展示会を記念して刊行された1冊だ。
表紙の装丁からMameの美意識を感じさせる仕様になっている。
ブランドイメージに合わせて、和風の「鳥の子紙」を再現した用紙を使用しているそうだ。
裏面には10年のコレクションのルックが全て印刷されており、開いて1枚のポスターの様になる。表紙側から見ると、この裏面の写真たちが仄かに透けて見え、上品なタイトルデザインと合わせてブランドの繊細な美しさが感じられる。
衣服のデザインや生地感・色使い、ブランドのスタイリングや撮影背景など、写真の1枚1枚が美しく、コレクションのアーカイブ作品集としても充分に楽しめる本書だが、今回この連載で紹介しようと思った理由はクリエイティブのヒントが多数収められていたからだ。
スタイリング写真だけでなく、本書にはブランドの創作に影響を与えたクリエイティブの過程が掲載されている。そこには手書きのメモや日記、スケッチや写真、落ち葉や花々など…おそらくここでしか見られない貴重な内容だ。
そして上質な衣服のインスピレーションの源泉となるものが、ノートや付箋に手書きで書かれた言葉や旅先で見つけたであろう草花など、どこか懐かしい気持ちにさせられるのも非常にMameらしい。
また、10周年の展示に合わせて、デザイナーの黒河内氏が自選した10のキーワード(「夢」「刺繍」「曲線」「私小説」「色」「クラフト」「ノート」「テクスチャー」「旅」「長野」)とテキストから、ブランドの歩みを紐解くことができる。
それぞれのキーワードにもブランドアイデンティティを感じるが、「私小説」では芥川賞作家の朝吹真理子氏によるエッセイが収録されたり、「クラフト」ではMameが影響を受けた伝統工芸の技術が紹介されるなど、多面的にMameの世界観に浸れる一冊になっている。
デザイナーの黒河内氏は、本書の終わりに「クリエイションは幼少期の自分に帰ることが絶対に必要」と語っている。自然豊かな田舎から上京し、都会で服作りをしている経験を経て、長野に度々帰るように意識するようになり、故郷での素直な子供心がインスピレーションの源泉となっているそうだ。
童心に帰る意識を経て生み出された衣服が、都会を生きる現代人を勇気づけて魅了しているというのもユニークだ。
本書を読むと、一着の服を制作することは、デザイナーと服作りに関わる多くの人のこだわりと地道で弛まぬ努力の積み重ねによって出来上がるということを実感し、リスペクトの気持ちが芽生えた。同時に、「服を作る」ことは「服を着る」存在により、成立するのではないかとも思い、今持っている自分の衣服により愛着が沸いた。
服作りの経験がなくても、自分の中にある理想的な美を具現化する作業は、クリエイティブに携わる人ならきっと共感出来る部分があり、惹かれるはずだ。
文・写真:ライター中尾