加納典明「ものを作るということが一番の快感。ピカソを超え、ゴッホを超えたい」|〈永光〉~時を刻んだクリエイターたち~ vol.1(前編)
■シリーズ〈永光〉~時を刻んだクリエイターたち~
時代を超えて残る足跡を世に残したクリエイターたち。彼らは世界の「いま」と「未来」に何を想い、後世の人間に何を伝えたいのでしょうか。アートやカルチャーを牽引した巨匠たちの言葉を刻む、インタビュー・シリーズ。今回お話を伺ったのは、写真家・加納典明さんです(前編)。
聞き手/編集 PicoN! 編集部 佐藤舜
被写体を “非日常化” させ、その人がもつ「気配」を引き出す
Q. 加納さんは他媒体のインタビューで、人物撮影のときには、その人のもつ「言葉にできない気配」や「実存感」を撮るとおっしゃっていました。その「気配」「実存感」とはどういうものなのでしょうか?
加納)芸能人の人物写真となると、その人の個性はすでに世間に知られている。(山口)百恵で言えば、ただきれいなだけの広告写真なんか撮ったってしょうがないじゃない。そんなのはもういくらでも世に出ているわけだから。そういう「美しさ」もひとつのキーなんだけど、俺が撮る以上は、それよりも百恵だけが持っている気配とか、雰囲気とか――「百恵の自意識をも超えた百恵」をどう掘り出すか、どう切り取っていくかということに尽きるよな。
百恵独特の何かがあるはずなんだよ。百恵の人気の理由にもなっている、人間としてもっている「気」をどう写し込むかということだね。
加納典明さん
Q. 山口百恵さんの撮影に関して印象的だったことはありますか?
加納)俺はあいつを結構好きだったんだよな。沖縄で百恵の撮影をやったことがある。お篠(篠山紀信)と一緒にだったかな。1日はお篠、1日は俺、と1日ずつ時間をもらって。水着になったり、いろんな撮影をやったわけだよ。
その上がりが『月刊プレイボーイ』だったかな? で使われたんだけど、後日お篠が「今回は加納にやられたよ」と言っていたらしい。俺の写真のほうが良かったという意味だろうな。それは単純にお篠側の意見であって、世間がどう受け取るかはまた別問題なんだけど。
大衆とか世間というのは、たとえば「水着から乳首がぷっと出ていた」とかいったくだらない部分にばかり注目する。こっちとしてはどうだっていいんだけど。大衆が何を望むかというのは俺はもう100も知っているし、経験もしている。それを踏まえながら「自分が求められているもの」と「自分が撮りたいもの」をどうクロスしていくかということだよな。
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Q. 被写体の「気配」「実存感」を写すために、どのようなコミュニケーションを心掛けていますか?
加納)普通に話すよ。「元気か?」と聞いて「はい元気です」と返ってきて。いろいろ話して。プライベートにはあまり突っ込まないけど、スレスレのところまで話すよね。一般論としての「スレスレ」もあれば、彼女個人の「スレスレ」もあるし。そういうスレスレのところを話すと「自分」が出てくるわけだよ。「オフィシャルじゃない自分」というかね。
人は普段、オフィシャルな自分しか出さないものだよ。それにはこっちは興味がないわけだ。だからオフィシャルではない人間・百恵というものを探っていくわけだよ。話し方やその内容によって相手は千変万化するから、それを拾っていく。
人を撮る場合は、そういう対人関係(コミュニケーション)というのは非常に重要な要素になるよね。言葉とか気配とか、こちらの態度とか。昔話をすることも含めて。
Q. コミュニケーションの内容と被写体の佇まいがリンクする、という側面もあるのでしょうか。たとえばお祖母ちゃんの話をすると柔らかい表情になり、恋人の話をすると色気が出てくる、というように。
加納)そうそう。だから俺の男としての魅力というのも大事なわけだよ。悪いけど、荒木(経惟)やお篠(篠山紀信)よりも俺はかっこいいよな?(笑) そういうところに女性は「おっさんかよ」と思いながらも、何かこのおっさんは色気があるなとか、そういう色気にちょっとやられるな、と感じるかもしれない。俺を売るというか、俺という “槍” を刺すというか。
シャッターを切りながら、言葉の端々、態度の端々--そういう “狭間” を彼女にぶつけていくわけだ。4時間撮影をしたなら、その4時間の中で彼女が半年分くらいの経験をした感覚になるくらい、彼女をアップさせる。“非日常化” させる。日常の自分から自分を離させる、ということが大事じゃないかな。
Q. 写真家が被写体を写すと同時に、被写体もまた写真家を写す。そのプロセスで被写体の “非日常” の側面が露出していく。
加納)だから、撮る写真家によってまったく違うものになる。それぞれの写真家が持っている人間力。上下ということじゃないよ。質の違いがあるということ。荒木と俺、お篠と俺とでは、性格も人間性も質も違うじゃない。人としてのフィーリング、醸し出す空気、世界観というものがある。「気配」――というのが一番いい言葉だけどね。そういう「気配」を、どう被写体とコミュニケートしていくか。
俺の持っている人間力――男子としても、年齢としても、今までのキャリアとしても――そういうものを醸し出している俺自身というものを、相手がどう受け取っていくか。受け取るごとに彼女がどう変身していくか。彼女すら意識していなかったどんな彼女が出てくるか。こちらが投げかけたものに対する反応のひとつひとつ、目の動きひとつ、目の光り方ひとつ、唇の動き方ひとつを追いかけていくわけだ。
昨日までの彼女ではない、全く違う彼女を撮りたいと俺は思うわけだ。そこに力を尽くすかな。
日本写真芸術専門学校ギャラリーにて
篠山紀信、荒木経惟をライバルと意識したことはない。信じるのは俺の全感性だけ
Q. 先ほどから名前が出ている篠山紀信さん、荒木経惟さんと言えば、加納さんと並んでグラビア写真界の「三巨頭」と評されることも多いです。この2人の “ライバル” についてはどうお考えですか?
加納)荒木やお篠クラスの相手になると、ジェラス(嫉妬)は感じないんだよ。上がってくる写真が半端じゃないし、本人たちの人間力とか写真力というものはやっぱりあるから、それは認めざるを得ない。そういうものに対するジェラスはない。
それよりも、どういう結果(作品)を出しているのかということには興味があるよな。同じものを撮るにしても、荒木のタッチとお篠のタッチとでは違うわけだから、その違いは結果として、具体的に非常にわかりやすく出るわけだ。だから “ライバル” というふうにはあまり思わないんだよ。「頑張れよ」というか、「もっと見せてくれ」「もっとやれよ」「もっと鋭利にやれるはずだ」という、応援する感じだね。
Q. “ライバル” ではなく “戦友” に近いですか?
加納)別に戦友というわけでもないけど、荒木やお篠がいて良かったとは思うよ。お篠はもういなくなってしまったけど(※篠山紀信さんは2024年に死去)。
Q. 篠山さんや荒木さんとの “差別化” を意識したことはありますか?
加納)いや。彼らを意識した上で撮ったり、仕事をしたりはしなかった。俺の全感性だけ。これは誰にもないよ。自信を持って言えるよ。俺の想像力というのはこの年になっても全然衰えているとは思わない。今でも広く視野を持とうと思っているし、いろいろなものに感じようと思っているし。それをどう具体にするか。ものによっては全然写真ではないものを画(え)にしてもいいわけだし。
自分と戦いながらものを作ることが一番の快感
Q. 「加納さんならではの感性」とはどのようなものだと自己分析されていますか?
加納)考えてもわからないね。たとえばふっと歩いていて、なんかこの空気いいな、と感じることがあるわけだよ。気配とか。それで、具体にするならどうしたらいいかなと思ったり。写真がいいのか絵画がいいのか。だから俺の日常というのは、普通の人の日常とちょっと違うだろうな。俺のほうがいいとか、そういうことじゃなくてさ。
Q. 周りの風景や人などから、何か感覚をキャッチするアンテナの鋭敏さ、ということでしょうか。
加納)そうそう。それは俺なりに発達していると思うよ。敏感だと思うし。その感性力というのが、写真家にとっては一番大事なんじゃないかな。感性こそ命だよ。
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Q. 写真家の卵たちや若手写真家たちががこれから感性を磨いていきたいと思ったとき、どうすればいいでしょうか。
加納)それはね、自分との戦いだよ。一番の競争相手は誰かと言ったら、自分自身なんだよ。たとえば新しく出てきた人がいい仕事をしていても、別にライバルとは思わない。俺は俺だというところが強くて、彼らを真似したような作品はひとつもない。やっぱり自分に対する自信と、自分との競争力。
「怠けるな」ということが一番大事だね。怠けず自分と競争せよ、と。一番喧嘩すべき相手はお前自身だろうと。これはみんな一度考えたらいいと思うよ。競争相手は有名人でも、友達でも、歴史上のプロでもなくて、お前自身なんだよということの自覚がどれだけあるかということだよ。
Q. まず自分の感性を信じて、それを表現しきるために妥協せず戦っていけ――ということでしょうか。
加納)そうそう。自分との戦いよりも快感があるものはないし、楽しいことはない。「よくやったな自分」ということもあれば「ここ止まりかよ」と思うこともある。そこがまた面白い。ものを作るということが一番の快感。それは生きていてなかなか覚えない感覚だよ。自分が想像しなかったものができてくるということが。
ピカソを超え、ゴッホを超えたい。目標は「写真×絵画」でニューヨークNo.1
Q. これから挑戦していきたいことはありますか?
加納)今はかなりキャンバスに絵も描いているんだよ。
俺の親父は芸大出身で、左翼思想がすごく強くて、 “1ダース” 以上は警視庁に引っ張られて行ったことがあるって言ってたよ。親父はゴッホやルーベンスのような画家になりたかったんだ、根本は。それは結局果たせず、5人の子供を育てるために精力を使って一生を終えた。画家になりたかったという親父の未練が、俺にどうしても引っかかっているんだ。消えないんだよね。だから、よし、俺も画家になってやろうと。
Q. 写真表現を超えて、絵画の世界へ。
加納)今はどんな手段で芸術をやってもいい時代なわけだし。親父の時代は、絵をやると言ったらキャンバスに油絵具を引くしかなかったけれど、今は全然違うじゃない。AIもある、デジタルもある。
俺の場合は過去の写真のストックもかなりある。それをまずPhotoshopとかAIとかでいじるわけ。元画(もとえ)がわかんなくなるくらい。そこでオリジナルが出るわけだ。新しいアートゾーンがそこにあるわけだよ。それを今度はキャンバスにプリントして、アクリル絵具で描いていくわけだ。
始めて10年以上になるけど、まだビジネスにはなっていないし、ビジネスにする動きもしていない。だけどやっていて面白いから。これがどこまでいけるか、というところだね。
Q. 「写真の絵画化」面白いアプローチですね! どのような目標や意識をもちながら制作されていますか?
加納)とにかく自分が生きている間に自分が感じるもの、感性が要望するものを、ちゃんと具体にしていこうと思うわけで。「あれやっておけばよかったな」って思いながら死にたくないわけだよ。自分に遠慮する必要は何もないわけだし、世間にはもっと遠慮することがないわけだから。
こういう「写真の絵画化」といういうのは荒木やお篠もやってたことなのかもしれない。当然、意識としてはあっただろう。友達にも同世代や先輩に画家はたくさんいたから、画家志望ということが全くなかったとは言えないだろうし。
俺は一応100歳くらいまでやるだろうから――やれないかもしれないけれど、やるつもりだから――俺はこれからの俺自身を見たいわけだよ。世界に認められるまで俺は死ねない。ピカソを超え、ゴッホを超えたい。
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Q. 「ピカソを超える」! 壮大な目標ですね。
加納)端的に言うと、ニューヨークで一番獲りたいよ。1970年に俺は『Fuck』※を出して、日本で有名になりすぎちゃったんだ。注文がどんどん来るわけ。「あれ撮ってくれ」「これ撮ってくれ」って。それで仕事になる、お金にもなるし、ついついずっと日本を離れられなくて今日に至ると。
※『Fuck / 燃えるパーティー』(加納典明,1970年,実業之日本社)……若き日の草間彌生がセッティングしたパフォーマンスを撮影した写真集。男女が入り乱れる姿を赤外線フィルムを多用して写し出す。
これは俺の人生の失敗だね。当時の俺はニューヨークに帰ろうと思っていたわけ。ところが、帰るに帰れなくなった。でもいまからでも、やり直すのは遅くないわけだよ。
俺はまだもうひとつ見つけられていない。画家としての「もうひとつの俺」を見つけるために、日々、頭の中はぐるぐるぐるぐる回っている。ひとつの結果を出したいと思っているから。ぐるぐる回っていて、もうひとつピントが合わない。確信が来ない。それを求めて日々、ずっとイメージし続けているよ。
Q. その絵具を使ったアートの場合、写真を撮るときとはどう頭の使い方が違いますか?
加納)一切違わない。
Q. へぇ! 写真表現の延長線なんですね。頭の中のイメージはどういうふうに固めていくのでしょう? カメラを持ちながらなのか、絵筆を動かしながらなのか。
加納)瞬間に出てくる感じだよ。シャッターを切るにしても、手を動かすにしても、そういう中で答えが出てくるはずだと思う。そういうものの積み重ねが、結局どういうかたちになっていくか。やりながら、つくりながら考えていく。
Q. YouTubeなどでの活動も、新しい刺激やイマジネーションを求める取り組みの一環なのでしょうか?
加納)そうだね。いまって、コミュニケーションの方法がものすごく多様じゃない?だからひとつ決定版を出したいよな。写真とか絵に限らなくとも――ひとつの考え方とかイデオロギーのような。何か発想していきたいね。
Q. 動画なのか、本なのか、アートなのか――媒体はともかく、加納さんの「思想」の結晶のようなものをつくりたい?
加納)そういうところだな。俺の毎日を生きる術からつくっていくよ。俺の考え方、その思考の流れ方がどうなのか――そういうものを流入させるかもしれないし、逆流させるかもしれないし。発想力でいろんなことをやれたらいいなと思う。いい年こいて空論を言っている奴も多いけど、俺は本気なんだよ。(後編に続く)
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■加納典明 プロフィール
フォトグラファー/美術家
愛知県名古屋市出身。1942年2月生まれ。小説、DJ、レコード制作、映画・TV・CM出演、バイクチーム監督、ムツゴロウ王国移住など、写真家の枠にとらわれない数々のパフォーマンスを示す。近年は、自らの写真を使った絵画作品を発表するなど、活動の場を拡げている。
(AWARDS)
日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞、カレンダー展、ポーランドポスター展 等
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