日本一ユニークな自動車教習所は、なぜ「渋谷駅」にポスターを貼り続けるのか?(コヤマドライビングスクール・インタビュー後編)
自動車教習所・コヤマドライビングスクールのイメージポスター戦略に迫るインタビューシリーズ、いよいよ後編!
前編・中編では、ポスターの制作を手掛ける株式会社アイムのクリエイターにインタビュー。ポスター制作の流れや発想術を伺いました。
■前編
■中編
最終回となる今回・後編では、ポスターの発注元であるコヤマドライビングスクールの常務取締役・田口治さんに取材。イメージポスター戦略を始めた背景、そしてその狙いをお聞きしました。
プロのクリエイターとして活躍していくのに備え、案件の発注元である “クライアント側” の考え方や想いを理解しておきましょう!
「明るく・楽しく・お洒落な」学校。生まれ変わりの転機は “少子化” だった
ーーコヤマドライビングスクールの駅貼り広告ポスターは、そのコピーやビジュアルがお洒落&ユニークなことで知られ、SNS等でもたびたび話題になっています。このイメージポスター戦略は、どんないきさつで始まったものなのでしょうか? 背景や狙いを教えてください。
田口)1985年に「明るく・楽しく・お洒落な」というCI※を取り入れたのが始まりでした。
※CI(コーポレートアイデンティティー)……企業の個性を明確にして企業イメージの統一を図り、社の内外に認識させること(出典:デジタル大辞泉|小学館)。
その当時、自動車教習所と言えば「あまり行きたくない場所」というイメージが強かったんです。教官が怖い、怒られそう、施設が古い……という。誰もが免許を取る “皆免許時代” 、お客様はたくさんいらっしゃったので、供給より需要のほうが多い状態でした。ですので、学校のイメージやお客様からの支持なんて考えなくても、商売が成り立っていた。特に何もやらなくても、むしろ料金を上げても勝手にお客様が来てくださっていたんです。
しかし教習所業界のターゲットである18歳人口の推移を見ると、1992年にピークを迎え、そこからは右肩下がりになっていくことが予測されていました。つまり1992年以降は、市場規模が縮小に転じて供給過多になる。「お客様が教習所を選ぶ時代」が来ることが目に見えていたんです。
1985年にCIを掲げたのには、そういう少子化の時代に備える意味がありました。「明るく・楽しく・お洒落な」というイメージを伝えることでファン層を広げ、長期にわたって安定的にお客様に入校していただけるような戦略を取ることにしたのです。これは「入校者に○○をプレゼントします」「○○をサービスします」といった、従来的な販売促進型の広告とは異なる発想です。「暗くて・怖くて・ダサい」というのが当時の教習所のイメージだったので、それを払拭しようーーそういう思いで生まれたのが、「明るく・楽しく・お洒落な」というCIでした。
ーー「明るく・楽しく・お洒落な」。そのイメージを伝える手段のひとつが、ポスター戦略だったのですね。
田口)今でこそ当たり前かもしれませんが、こういうイメージ戦略を取り入れた自動車教習所は、業界の中では私たちが最初だったんですよ。
前編でもお話があったように、新しいポスターを出すタイミングは年4回。春、夏、秋、そして冬(クリスマス)です。教習所の需要期は学校の春休みのタイミングなので、春ポスターはそれに合わせて2月に掲出しています。毎回、シーズンを先取りしたようなビジュアル、かつそのときどきのトレンドを取り入れたデザインを意識しています。
ビジュアルやキャッチコピーによるイメージが伝わりやすいよう、ポスターサイズは当時として最も大きかった「B倍2連※」を採用。また過去には、糸井重里さん、仲畑貴志さんなど著名なコピーライターさんにキャッチコピーをご依頼したこともあります。
※B倍2連……「B倍」は、B0(ゼロ)用紙の通称。B4用紙の16倍の面積がある、非常に大きな紙(B0用紙を4回折りたたんだサイズがB4用紙)。「B倍2連」は、このB倍用紙を2つつなげたもの。
そしてCIにおいては、イメージの一貫性が大切です。「明るく・楽しく・お洒落な」というCIを打ち出した以上は、広告展開に限らず、建物も教習の内容も、すべてにわたって「明るく・楽しく・お洒落な」を意識しました。
なぜ「電車広告」? 自動車教習所ならではの、納得の理由
ーーコヤマドライビングスクールさんのポスターは、駅中や電車の車内に掲示する「駅貼り」をメインとしています。これはなぜでしょうか?
田口)当時の広告媒体というと、大きく分けて「電波」「雑誌」「交通」の3つがありました。その中では「交通」、つまり電車広告が最も効率的だったんです。というのも、自動車教習所には「定期的に通わなければならない」という特徴があるから。どんなに「この学校いいな」と思っていただけたとしても、現実的には、半径2~3キロ圏内くらいにお住まいの方でないと、入校にはつながりにくい。
そのため、入校圏内にお住まいの方にアピールしやすい電車広告が、本校の広報には向いていました。ちなみに夏休みなど長期のお休み期間は、ターゲットである学生さんが電車に乗らなくなるので、例外的に掲示を外すことにしています。
ーー具体的には、どんなエリアの駅にポスターを掲出しているのでしょうか?
田口)本校は東京に4校、神奈川に1校、校舎を構えていますので、東武線など一部を除いた都内の主要駅に掲出しています。
ただし本校のポスターは、単なる販促媒体ではなく、ファン層拡大を主な目的としたものです。コアターゲットに設定している「18歳の女性」に届きやすいよう、彼女たちが集まりやすい渋谷、原宿、新宿、池袋などを掲出の中心としています。単純に本校に近い駅に掲出すればよい……というのは、「販促」的な考え方でしかありません。弊社では、そういった単純な「販促戦略」と、「イメージ戦略」とを切り離して考えているんです。
ーーポスターの掲出を始めてから40年近く経ちましたが、時代に伴って変化したことはありますか?
田口)性別による顧客層の偏りは少なくなりました。昔、教習所生の男女比はおよそ70:30でしたが、いまは55:45くらい。本校に限っていえば、ほぼ50:50です。
また「カップル向け」の広告を出しにくくなったのも変化のひとつかもしれません。特にクリスマスは、昔であれば、カップルをテーマにしたポスターを出すのが定番でした。しかし最近は、恋人がいる人は全体の20%程度しかいないと言われています。つまりカップル向けの広告を出しても、80%の人には響かないわけです。ですから最近は、「友達」「家族」といった別のイメージに訴求することも多くなっています。
ーーほかに、広告戦略における最近のトレンド・傾向などはありますか?
田口)よく言われるように、いまは多様性の時代。「これ」といってみんなにハマるテーマがなくなってきているように思います。恋愛でもない、ゲームでもない、ファンタジーでもない……。かといって、無理に万人ウケを狙っても個人には刺さらなくなるので、そのバランスが難しいところです。
しかし幸いなことに、本校にはたくさんの若い教習生が通ってきてくださいます。どの案が次のポスターにふさわしいかを選ぶときは、プレゼンボードを持って校内を回り、「どれが一番好きですか?」と教習生さんたちにヒアリングして回っているんです。毎回、少なくとも100人以上には聞いているんですよ。
ーーそういったヒアリングの結果、どんなポスターが好まれやすいなどの傾向は見えてきましたか?
田口)思いのほか、スタンダードなものが選ばれやすい気がします。尖りすぎたポスターは意外と好まれない。 “安全運転” な人が多いな、という印象です(笑)。
教習生の皆さまの意見も踏まえたうえで、最終的には広報企画委員会や役員会などのメンバーが投票し、多数決によって、採用される案が決まります。毎回1ヵ月くらい時間をかけて、どの案がいいかじっくり決めるんです。
デザイナーに求めるのは「丁寧さ」と「クライアント理解」
ーーポスターづくりにおいては、「紙質」に至るまでこだわり抜いていると伺いましたが。
田口)どの紙を使えばポスターのデザインが最も伝わりやすくなるか、慎重に選ぶようにしています。たとえば落ち着いたビジュアルのポスターの場合には、紙に光沢がありすぎてもコンセプトとズレてしまう。特に白や黒のスペースが多いポスターは、紙の光沢の有無によって印象が大きく変わってくるんです。アイムさん(※ポスターの制作をする広告会社。前編・中編参照)も、なぜその紙を選んだのかプレゼンのときに説明してくれますので、そのお話も参考にします。
ただ光沢感のある紙には「シワが目立ちやすくなる」というデメリットもあるんです。また梅雨時などには、紙質によっては湿気でシワが寄ってしまうリスクも。こういった物理的要素も、紙質を選ぶ際の判断基準になります。
ーー紙媒体のポスターならではの要素ですね。
田口)紙だけでなく、色にも相当こだわっています。色校(※印刷される色の具合を見るための試し刷り)の段階で差し戻し、ということも何回もありました。「ちょっと色が強すぎるので少し控えめにしてください」とか「学校のロゴが背景に埋もれているので、もう少し目立ちやすくしてください」とか。
でも、ときにはアイムさんのデザイナー側から「その修正をすると、さすがにデザインが崩れてしまいます」といった意見を返していただくこともあって。それはむしろ、率直に言っていただいてありがたいんです。何でもクライアントの言うことをはいはいと素直に聞いて、その結果デザインの質が落ちてしまったら、困るのは結局、我々クライアントですから。
ーーアイムさんには、どのようにポスターを発注するのですか?
田口)あえて本校からは、「こんなものをつくってほしい」というオーダーを出さないようにしています。我々は広告づくりにおいては素人ですから、むやみに限定したくない。変に注文を出すと、面白いものが出てきにくくなると思うんです。アイムさんとは長い付き合いですから、本校の理念やビジョンを十分に理解していただいています。そういう信頼のもと「自由な発想で、いいものをつくってください」ということで。
ーー今回の夏ポスターも、そんな自由な発想のもと出来上がった作品なのですね。
はい。今夏のポスターは、コロナ禍が明けてみんなが行動的になるタイミングということもあり、免許を取って行動範囲を広げ、アクティブな気分になれるようなイメージの作品が選ばれました。
ーー本記事の読者の中には、将来デザイナーを目指している学生も多いです。クライアント側の立場から、デザイナーに求める要素があればお聞かせください。
田口)私が求めるのは「丁寧さ」ですね。作品づくりはもちろんですが、そのデザインに至るまでの想いをきちんとクライアントに伝える、プレゼンの「丁寧さ」も大事だと思います。「なぜこのデザインにしたのか?」という理由を、私たちクライアントの目的やマーケット、そしてターゲットなどを踏まえたうえで丁寧にプレゼンをしてもらえると、納得感も出てくる。最初はピンと来なかった作品でも、「そういう意図ならいいね!」と見方が変わることもあります。
ちなみに本校の場合、アイムさんには毎回じっくり2時間ほどかけて、ポスター案のプレゼンをしていただいています。
いずれにせよ、根底にあるべきなのは「クライアントのことをどれだけ理解しているか」。クライアントがどんなことを求めているのか? どんなことを伝えたいのか? どんなイメージを訴求したいのか? クライアント企業のことを研究し、そして情熱と自信をもって説明することが大切だと思います。
ーー最後に、読者の方へメッセージを。
田口)「明るく・楽しく・お洒落な」というイメージを大切に運営している自動車教習所は、日本にもあまりないと思います。こういう個性的な自動車教習所もあるんだ、ということを知っていただけたら何よりです。
取材・文/佐藤舜 撮影/黒田渉
〈関連リンク〉
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