【写真学校教師のひとりごと】vol.30 齊藤小弥太について

わたし菊池東太は写真家であると同時に、写真学校の教員でもあった。
そのわたしの目の前を通り過ぎていった若手写真家のタマゴやヒナたちをとりあげて、ここで紹介してみたい。
その人たちはわたしの担当するゼミの所属であったり、別のゼミであったり、また学校も別の学校であったりとさまざまである。

これを読んでいる写真を学ぶ学生も作品制作に励んでいるだろうが、時代は違えど彼らの作品や制作に向かう姿が少しでも参考になれば幸いだ。


わたしにとってこの男ほど学生時代とその後の印象が変わった存在は珍しい。
わたしはまだ訓練を受けていない卵のなかから、まだ初心な可能性を見つけるのを悦びとしていたし、生き甲斐ともしていた。
正直言って、学生時代のかれはわたしにとって特に注意を喚起させられる存在ではなかった。
わたしの能力が足りなかったのだ。不明のいたりである。
ところがふと気がつくと、かれの写真は別人の如く見事に変容を遂げていた。
この間になにがあったのだろう。

かれは写真学校卒業後、とくに写真について誰かに相談することもなく、ひとりで写真集や写真展を見て感じたことや思ったことを書き記すようにしていたという。
つまり、自分が感じたことを言葉におきかえていたのだ。それによって、自分の認識度と感性を深めていくことになった。
この間を暗黒の6年間と自分で言っている。
最初のニコンでのデビュー展から次のキヤノンでの展示までのことである。
この6年間が間違いなく現在のかれにとっての踏み台となった。

かれは工業高校卒業だという。
だが、数学の計算が不得手で、授業も面白く感じることもなく、学校をさぼっては図書館に行っていたという。
町中で遊ばないで図書館にいくあたりが、授業をさぼったにしても単なる不真面目とは違うのだが。

そのころ、図書館で前田真三とか沢田教一の写真に出会ったらしい。
そして写真学校に入る。
写真学校に入ってから、写真を撮ることに生き甲斐を感じている人が数多くいることを知り、そこであらためて驚くのである。
そして卒業すると某有名出版社の子会社的なスタジオに就職する。
モデル撮影や料理、物撮りを見せられたり、やらされたりしたが、いずれも面白くもなく興味をもてなく、半年でスタジオをやめた。
自分自身に対しての歯がゆさ、悔しい想い、そんな想いでいっぱいだった。

そしてかれはドキュメンタリー写真というものに思いをはせ、インドに行った。
何度も通うようになり、身をもって経験というか、感じたことがある。
自分はインドに行くたびに写真が変っていく、ということだ。

自分の変化を自分の肌で感じたのだ。
かれにとって何ものにもかえがたい重要な時期である。
自身では暗黒と呼んでいるが、夜明けである。

そして久しぶりに写真展「サンディマンディラム-終の家」(キヤノンギャラリー)開催にこぎ着ける。

だがこの時点ではわたしはまだ不満足だった。
なにかコメントと写真の間に落差があり、空回りを感じた。
この後かれはテーマは違うが、エプサイトギャラリーをはさんで自主ギャラリーで展示を重ね、わたしの不満足が徐々に解消されていく。

久しぶりに会ってみると語彙が別人のごとく豊富になっていた。
本を読み、考えることをしたようだ。
それによって物ごとに対する認識と感性が深まり、写真とコメントの間のかれの認識のギャップが埋まっていった。

「これからだよ、小弥太、もっと上を目指せ!」と叫びたい。

誰の写真が好き?というわたしの問いには間をおかず、志賀理江子とこたえた。
あの「螺旋海岸」の作者である。

かれ自身も「土地の記憶」シリーズで何度も東日本大震災の地へは足をはこんでいる。だから志賀理江子の気持ちと相通じるものがあったのだろう。

これからが本当の小弥太の腕と頭の見せどころだよ!

菊池東太

1943年生まれ。出版社勤務の後、フリー。

著作
ヤタヘェ~ナバホインディアン保留地から(佼成出版社)
ジェロニモ追跡(草思社)
大地とともに(小峰書店)
パウワウ アメリカインディアンの世界(新潮社)
二千日回峰行(佼成出版社)
ほか

個展
1981年 砂漠の人びと (ミノルタフォトスペース)
1987年 二千日回峰行 (そごうデパート)
1994年 木造モルタル二階建て (コニカプラザ)
1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西 (コニカプラザ)
1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年 (コニカプラザ)
2004年 足尾 (ニコンサロン)
2004年 DESERTSCAPE (コニカミノルタ)
2006年 WATERSCAPE (コニカミノルタ)
2009年 白亜紀の海 (ニコンサロン)
2013年 DESERTSCAPE-2 (コニカミノルタ)
2013年 白亜紀の海2 (ニコンサロン)
2015年 日系アメリカ人強制収容所 (ニコンサロン)
ほか

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