「構えない」抽象絵画鑑賞のススメ
こんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。
<抽象絵画>とは?
作品に描かれた形象が具体的であれば具象画で、そうでなければそれは抽象的表現。それはすなわち「抽象画」という事になりますから、たいへん幅のある領域と言えるので、美術評論家さんではありませんからその全般に渡ってというお話というのは難しいと言うことについてはご容赦ください。
今回のテーマとして「抽象画の見方について」というご依頼でした。
抽象画に限らないかもしれませんが、作品を「このように理解すると良い」的な講釈は馴染まないし、誰も期待してない、と考えてますので、限られたスペースですが、私はこの絵をこんなふうに鑑賞している、という私的な楽しみ方の一端をご紹介したいと思います。それが皆さんの作品鑑賞の一助になればとの思いです。
具象画 / 抽象画の区別は?
例えば、秋が深まるにつれて色づく樹木の葉、その情景を描けば『紅葉の銀杏(いちょう)』といった具体的な絵になります。
そして、その葉をすごく拡大して葉の輪郭さえ描かれず紅葉の色だけが描かれていると、この時同じモチーフで「抽象画」となり得て来るのです。
この PicoN! 連載の「美術の木漏れ日」でもよく紹介していますクロード・モネが描く「睡蓮」の油彩画で例えると、池の水面に点在している睡蓮の情景ですね。この絵をたいへん近くまで接近して撮影した場合、つまり接写して絵の一部分を切り取った画像となると、それは絵の具による筆の痕跡の集合といったものになりますね。これはすでに「筆跡」と言う抽象的な表現となりえます。
モネの「睡蓮」ように具象的な絵画は受け止めやすく、ダイレクトに身体に染み入ってきやすいと思われます。
でもそれって抽象画に向き合っていても同じだよ、と言いたくなります。
ですが、理解しようという意識がかえって「この絵はどう見るんだろう?」「どうやって鑑賞するべきなんだろう?」「え? 不可解だし、難解だ!」という事になっていきます。
~マーク・ロスコはキャンバス全体を覆うように塗られた絵の具に更に異なる色を塗り重ねていくようにして、キャンバス上に色彩を組み合わせた絵画のスタイルが代表的。300×442.5㎝ という大きな作品。茫漠として広がる色彩の微妙な変化が魅力だ。:筆者~
どう鑑賞する?
ですから、敢えて言うとすると、あまり構えないで作品に出会うという姿勢はありかもしれません。あまり期待しないのです。とは言え、有料の美術展はそれなりの入場料金がかかりますから、チケットを代を支払った以上は「得られるものは得なきゃ」と構えてしまう。期待値が高い訳です。
しかし敢えて平常心というか、期待値ベースを低く努めていく。そうしておいてチケットをもぎってもらって、入場する。そうしたら、妙な先入観なしに向き合えるシチュエーションになる。この自分と作品とのストレートな対峙の中から、時に単純に心の中で「お~、スゴッ!」「これはヤバい!」っとなれば大正解な向き合いなのです。そのインパクトを素直に享受する姿勢こそが作品の鑑賞では、とは言える気がします。
それでも「これはどう見ればいいんだ?」「これは難解そうだぞ?」となれば、その作品を敢えてスルーして良い。その時の自分に受け入れる、その時の自分が許容する作品に出会えるのが、楽しみ方であると思います。
~黒の直線で区切られた面をフラットに3色で塗られた明快な印象の作品。このモンドリアン作品で代表的なのがこのコンポジションシリーズ。制作されてから100年近く経っても(2022年時点)インパクトが劣化していない。:筆者~
まずは本物の作品を見て、お~すごいな、とか、刺さるな…とか、体内の何かの受領体に直接インパクトを受ける体験を可能な範囲でいろんな場所で数多くすることにつきると思います。
美術館や大きなギャラリーでの企画展でしたら、たいていその展覧会の図版(カタログ)が販売されています。私が学生の頃は学生料金のチケット代(前売り券だとなお、お得)とその図版代(価格を想定して)も用意して、会場が空いている午前中に鑑賞しに出かけました。「これはすごいな」という作品に出会うとそれらの載った図版も買っちまいます。
~ルチオ・フォンタナというイタリアの作家の代表的な作品に、木枠に張られたカンヴァスを鋭いナイフでカットして切れ目を作り出す絵画がある。
単色に塗られたカンヴァスと切り裂かれた跡(そこに覗く隙間)というたいへんシンプルだが、それゆえの力強さを秘めたものでもある。1990年代に大原美術館でこの作品に出会った。『空間概念・期待』というタイトルもなかなかに良い!:筆者~
さすがに、本物と図版の資料画像は違うのですが、興味があるので、分からないなりに読みました。されど、いや~図版に掲載された作品の解説文の難しい事!現在でも読み返してみるのですが難しいです。ただ、資料画像を見て読み返すと何か新鮮な受け止めがありもするのです。おそらく、ずっと作品を制作している身として、意識がその都度、変化しているせいかもしれません。
~2022年9月まで国立新美術館で開催されていた「ルードヴィッヒ美術館展」で展示されたこの作品(この実物に出会いたくて、拙者も出かけた)の魅力は今(2022年)から226年も前に描かれたにもかかわらず、色面の形や配置の構成が未来的な印象を受けるところ。:筆者~
美術展のチケットはなんであんなに高いの?
名画とされる作品は世界各地の主要な美術館の収蔵品としてあちこちに点在しています。それらを美術館が指定するキュレーターさんがある企画のもとに各地の美術館から運搬して集めて展示する訳です。実施するためには作品に対する保険金の額も相応になりますから、鑑賞者に負担してもらうチケット代の価格として設定されるのです。その中には広告宣伝費用も含まれます。
~ブリジット・ライリーはロンドン生まれの女性の画家。視覚的効果を作品に取り入れる。この作品は習作ではあるが渦巻き状に構成された形状につい目を奪われてしまう。ふと渦から視線を逸らすとクルクルと一瞬視覚的錯覚に見舞われるのも面白い。このスパイラルサークルの位置が画面のセンターでないところが良い。:筆者~
さて、そろそろ締めとなります。今回、参考画像として掲載している作品はどうも自分の好みに偏ってしまいました。それも抽象絵画のごくごく一端に過ぎません。
それでも、展示してある場所に赴いてあなたが作品の前に立ち、その作品から発する何かに共鳴する体験こそが、あなたの「感性」にとって大切な機会であること。
そのことを体感できますよう切に願っています。