PicoN!な読書案内 vol.21 ― 『化け猫あんずちゃん』

この連載では、ライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。

今回は一風変わったアニメーション映画の原作をご紹介。

化け猫あんずちゃん(いましろたかし/講談社)

 

本作を知ったのは、映像作家の久野遥子さんが数年前に投稿したX(Twitter)だった。アニメーションディレクターとして活躍する彼女が、長編アニメーションの映画監督を務めるという。それが『化け猫あんずちゃん』という作品だった。

新作の長編アニメーション映画の制作、この一報だけで興味をひかれたが、選ばれた作品は意外なもの、というのが正直な感想だ。市場全体としてはアニメ映画の制作も増えているが、コロナ以降特に商業的に成功しているアニメ映画といえば、ヒットしたアニメシリーズの劇場版や、誰もが知っているネームバリューのある原作者の作品など。そんな中、猫を主人公にしたどこか懐かしい雰囲気のオリジナルアニメ映画が、久野さん監督で作られる。
一体誰がこれを企画したんだろう?という期待と興味を持っていた。

今回は映画原作となった『化け猫あんずちゃん』を紹介しながら映画との対比をしたい。
原作はコミックボンボン(講談社)という児童向けの連載コミック誌で2006−2007年に連載された。
南伊豆の寺で飼われていた猫、あんずちゃん。不思議なことに10年経っても20年経っても死なず、30歳をすぎて化け猫になっていた。飼い主である和尚さん、おかみさんと暮らしながら、町で様々な人と交流しながら暮らす…といった物語だ。
地域でも有名な化け猫のあんずちゃん、普段は寺男として生活しながらも、近所の家にマッサージ屋として訪問したり、川のパトロールをしたり、生き物の世話をしたり。自転車で徘徊するし、パチンコが好き。そこには飼い猫の上品な可愛らしさは存在せず、中年のオス猫のふてぶてしさや貫禄がある。群れない姿勢が眩しく見えるのか、小学生男子からは憧れの眼差し。
猫特有の一日中何もしなくても焦らない、ただ寝て起きることやご飯を食べることが幸せそうな場面もあり、ゆるいタッチで描かれる日常は、現代の窮屈な気持ちをほぐしてくれるオリジナリティ溢れる作品となっている。

 

本作が映画化されるにあたっての大きな特徴はその撮影手法。「ロトスコープ」と呼ばれ、実在する人間の動きを捉えて、それをアニメーションに落とし込むというものだ。本作をアニメ化するにあたり、実写の役者が演技をした。あんずちゃん役は森山未來が務め、監督は『リンダ リンダ リンダ』『苦役列車』『モラトリアムたま子』等で知られる山下敦弘監督。
映画を観てとにかく魅了されたのがこのロトスコープによる表現だった。役者それぞれの演技が細部に宿り、アニメ映像としても物語としても違和感なく成り立っている。
あんずちゃんという化け猫が、ぶっきらぼうな中年の人間らしさもあり、猫としての動物っぽさもある絶妙に愛らしい言動をするのだ。合わせて、あんずちゃんと接する登場人物たちも、あんずちゃんを猫でも化け物でもなく「あんずちゃん」として扱っている。リアルさや機微の演出が巧みだ。

また、原作と映画の物語での大きな違いは、劇場版オリジナルのキャラクターがいることだ。和尚さんの孫で11歳の女の子、かりんが、主人公のような存在として登場する。東京で暮らしていたかりん。父親が借金をして夏休みの間、父の地元の寺で暮らすことになる。そこであんずちゃんに出会い、世話をしてもらうことになるのだった。
かりんの存在により、のどかな暮らしを描く作品がジュブナイルの成長物語のトーンを帯びる。大きな緩急を敢えて作らない原作の良さを引き立たせながら、田舎で過ごした子供の頃の夏休みの記憶を思い出させてくれる、そんな傑作映画だと感じる。

そして、いましろたかし氏原作の漫画は『化け猫あんずちゃん 風雲編』として2024年7月からコミックDAYSで新たに連載が開始された。あんずちゃんにまた会えるー、そんなワクワクが続いていくことが嬉しくてたまらない。

 

文・写真:ライター中尾


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