この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は番外編として、筆者が2023年に読んで刺激を受けた本をご紹介。
実は本連載、毎月どの本を紹介しようか迷っている。2024年も1か月が過ぎようとしているが、紹介しきれていない素敵な本が沢山あるので、昨年読んだ中でも「これは!」と感じた4冊を、個人的な2023ベスト本として紹介してみたい。
『プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン -実績・省察・評価・総括-』(株式会社カラー編)
庵野秀明監督率いる株式会社カラーが、映画『シン・エヴァンゲリオン 劇場版』の制作をプロジェクトとして捉え、本として残した一冊。
エンタメの取り組みは知見が共有されづらい中で、映画製作のプロセスや評価指標が言語化されており、カラー社内だけでなく社外の人物からもフィードバックがある点が面白い。何より一会社員のプロジェクトとしてはスケールが段違いに大きいので、長期で大規模な仕事のプロジェクトマネジメントの様子を垣間見ることが出来るのも貴重だ。庵野秀明という特異な才能、それを支えた人物たちの役割や真摯な仕事ぶりがよく分かり、手法が開示されたところで簡単には模倣できなさそうなところ含めて今年一番の読書体験。
『親切人間論』水野しず著
マルチクリエイターとして活動する水野しずが、生活の中で感じる疑問や生きづらさに対して真剣に向き合い、様々な角度からその思考をまとめた1冊。独特な文体やユーモアある視点、切れ味の鋭さなど、読み物として非常に充実している。著者の読書愛も随所に感じられる1冊で、装丁家・祖父江慎による造本の遊び心もたっぷり。ページをめくるたび、「こんな文字組みは見たことない…」とワクワクできる本気(マジ)な作品。
『アクティング・クラス』ニック・ドルナソ著/藤井光訳
グラフィック・ノベル界で高い評価を受け、注目の作家ニック・ドルナソによる最新作。10人の登場人物たちが演技教室にやってきて、徐々に現実と演技の境が曖昧になっていく
…というストーリー。他のどの作品に触れたときとも異なる読書体験となり、衝撃を受けた。
ジャンルとしてはホラーに分類されると思うのだが、本作で提示されるのは分かりやすい恐怖ではない。先が読めない淡々とした描写で、居心地の悪さ・薄気味悪さを感じながら読み進めていくことになる。著者の作風である登場人物の感情が読み取りづらいイラスト、シームレスなコマ割りなどが、余計不気味に感じてしまう。海外のマンガ作品はあまり馴染みがないが、今後も絶対に作品をチェックしたい作家の一人だ。
『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ 性と身体をめぐるクィアな対話』森山至貴、能町みね子著
クィア・スタディーズを専攻する社会学者の森山と文筆家の能町による対談集。マイノリティの当事者として二人が抱いてきた違和感を明らかにして、対峙していく構成なのだが、嘘やごまかしがなくスッと胸に入ってくるやりとりばかり。LGBTQ+について理解を深めたい人はもちろんのこと、昨今謳われている多様性という言葉にしっくりこない人、自分の嗜好と世の中の当たり前との感覚にどこかモヤモヤしている人、マイノリティに対するSNSの議論で心を痛めている人…本書はそんな人の思考の助けになるはずだ。(本当は社会生活を営む全ての人に読んでほしいくらい。)
自分の中で型に当てはめて認識していたものや社会が当然としていることについて、今一度考え直すきっかけになる一冊だ。
本といっても様々なジャンルがあるが、いずれも他者の思考の集積であり、私たちはそこから多くのヒントをもらうことができる。2024年も実りのある1年になりますように。
文・写真:ライター中尾
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