この連載では、ライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は人気アーティストのエッセイについて。
いのちの車窓から2(星野源/KADOKAWA)
アーティスト星野源さんのことを知っている人は多いだろう。かくいう私は古参の星野源ファンだ。2000年代に彼が所属するインストバンドSAKEROCKを知り、当時インストバンドをほとんど聞いたことがなかった私は、SAKEROCKの懐かしく暖かくも耳に残るサウンドがとても新鮮だった。程なくして、バンドのリーダーである星野源という人が音楽だけではなく大人計画という劇団に所属し演劇やテレビドラマへも出演していることを知る。(松尾スズキ氏や宮藤官九郎氏関連の作品で度々見かけることとなった。)
当時から文筆業も行っていた星野氏のエッセイでは、生活の些細な出来事への悩みや、素朴なことを愛する感性、世の中の常識に対する疑問など、表現者として芯がありながら親近感湧く内容が印象に残っていた。
2010年に弾き語りでソロデビューしてからはシンガーソングライターとしての作品評価が高まり、また音楽だけではなく映画の主演やドラマにも多数出演するようになる。しかしキャリア絶頂期の2012年にくも膜下出血と診断され、闘病期間を挟むことになる。
2014年2月の日本武道館公演で復帰。2016年には国民的ドラマとなった『逃げるは恥だが役に立つ』に主演、主題歌の『恋』が大ヒット。その後の活躍は多くの方が知る通りとなる。
『いのちの車窓から』は今から10年前の2014年12月に雑誌ダ・ヴィンチで始まった星野氏によるエッセイの連載名だ。活動休止の期間を経て、シンガーソングライター・役者・文筆家…多くの顔を持つ星野源という人間がこれまでよりも仕事の幅がグッと広がる期間の連載である。2017年に連載をまとめて書籍化した単行本『いのちの車窓から』は45万部超えのベストセラーとなった。
それからの10年間をまとめたエッセイが今回紹介する『いのちの車窓から2』である。2017年〜2023年の連載をまとめたものだ。大ブレイク以降、多忙を極める生活を送ってきた星野氏。音楽制作のスタイルや活動の規模も大きくなり、進化し続ける創作活動のことはもちろんのこと、「誰もが知る存在」となったゆえの息苦しさも真っ直ぐに綴られている。エッセイを書いて心情を吐き出す、音楽とは異なる文章での表現を長年続けている同氏だからこそ、環境変化に対する葛藤を奇を衒うことなく書けるのだろうと思う。
また、自身の環境変化だけでなく、2020年のコロナ期間も大きな出来事だった。特に音楽活動や役者の活動に与えた打撃、その時期どのように過ごしていたか、またアーティストとして今までの当たり前が崩れてしまったことにどのように向き合ってきたのか。
全編を通して、星野源という人間の変化を感じるエッセイだ。
一つは先に述べたような仕事やそれに伴う環境の変化であり、人との関わり方の変化である。81年生まれの星野氏が30代後半〜40代を迎え、結婚生活や大切な恩師との別れ、若い世代との出会いなど、ライフステージの節目となる様々なエピソードも胸を打つ。その視点は昔から知る星野源氏そのものでありながら、「他者との交流」がより人生の核となっていることが本人の筆致からじわじわと伝わる内容となっている。
もう一つは、星野氏自身が「社会的な価値観の変化」にものすごく自覚的であることが挙げられる。いわゆる「価値観のアップデート」というものだ。この10年で自身が反省したこと、意図せず特定の対象を傷づけてしまったかもしれないこと・改めていきたいことについてもいくつも正直に語られている。
表現をする人、特に著名人ならあらゆる発言がネットニュースになりやすい昨今、「過去のこれは良くなかった」とあえて自身で振り返る人もあまりいないのでは、と思う。しかし国民的に支持された今も、アーティストとして、いやそれ以前に一人の人間として、見えていなかったものや知らなかったものを知り続ける姿勢が信用できる。同時に、過去の時代を一緒に生きてきた自分自身としても、より広い視点でものを見ないとなとも思わされる。
ポップアーティストの第一線を走る星野源氏の感性を知りたい人にはぜひおすすめの1冊だ。
文・写真:ライター中尾
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