PicoN!な読書案内 vol.18 ― 『ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方』

この連載では、ライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回はテレビプロデューサーが書いたビジネス書。

ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方(上出遼平/徳間書店)

著者である上出遼平氏は1989年生まれ。2017年、テレビ東京でプロデューサーを務めた『ハイパーハードボイルドグルメリポート』が話題に。同番組は、ギャングや難民・出所者など、各国で様々な事情を抱えた危険な地域で暮らす人物に密着し、食事を通して彼らの生活を伝える連作ドキュメンタリーだった。
生々しくインパクトがある本作はあっという間に話題となり、ギャラクシー賞を受賞。
今後の活動が期待される若手プロデューサーだった上出氏。彼は22年にテレビ東京を退社し、フリーランスになった。翌年23年からはニューヨークに移住することを発表した。

安定した会社員生活から飛び出し、海外移住…その思い切った行動力は、業界からも注目された。世界的な動画配信プラットフォームの競争力の激化などの時勢も重なり、元テレビ局員のヒットメーカーのキャリアプランに、これを書いているライターの筆者も当時強く興味をもった。
上出氏のWebや動画でのインタビューも多くあるので是非読んでほしいのだが、彼の思考を聞くたび、映像作家としての意識の高さと、日本のメディアに対する危機感を強くもった人物だと感じる。

技術やサービスだけでなく、メディア体質もガラパゴス化している日本。アニメやテレビバラエティなども昨今特異な発展をしている中で、上出氏はグローバルスタンダードに対峙するために自身を安全な場所に置かず、海外移住を決断したのだった。

引用:徳間書店

 

そんな上出氏が執筆したビジネス書。二部構成になっており、第一部は「仕事」とどう向き合うか過去の実体験をベースにまとめられた論考。第二部は、制作中のドキュメンタリーを日誌形式で執筆したルポルタージュ。

そもそも、ビジネス書というジャンル自体、学生の皆さんにはあまりピンとこないかもしれない。主に自己啓発やキャリアアップを目的に読まれる本で、経営者やクリエイター等が自身の実績をベースに、仕事のノウハウを文章に認めるといった類の本だ。
(余談だが、長らく出版不況が叫ばれる中でもビジネス書は堅調だ。特に働き方の多様化が謳われる昨今は、多くの出版社がビジネス書を刊行している。)

アートやデザインに関する書籍を紹介する本連載で、なぜ今回この本を紹介したか。理由は大きく二つある。
一つは、この本の構成が既存の体裁や先入観を覆そうとする新しい試みだから。
先に伝えた通り二部構成の本書だが、第二部では良い作品とは何か、正しさとは何か、仕事と創作と自分自身の存在を天秤にかけるヒリヒリした展開が訪れる。
そして予想外の結末を迎える。そこには通常のビジネス書にあるエンパワーメントされるような読後感はない。
人によっては悲しくなったり呆然とするだろう。是非読んで体感してほしい。

そして紹介したもう一つの理由。それは、社会で働くと、恐らく多くの人が仕事に対する視座が異なる人に消耗する場面が訪れるから。平たく言うと、世の中、不条理でムカつくことがあるのだ。
とりわけ、変化が求められ、これまでの業界のルールが通用しなくなっている時代では、上の世代と焦燥感を共有できないことが多い。
上出氏の文章やインタビューでの言動を読むたびに、本質を捉えていない言動の数々に対して、確実に苛立ってきたんだろうなと察する。
自分が関与する作品に真摯に向き合い、オルタナティブな態度を示し続ける存在。それはきっと、想像以上に大変な場面が多いだろう。
しかしそうして戦っている人物の精神力や行動力は、それを目撃した誰かの制作の原動力になる。
本書は書籍という形に残ることで、現在もこれからも、孤独で純粋に奮闘するクリエイターたちの励みになるはずだ。

文・写真:ライター中尾


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