PicoN!な読書案内 vol.14 ― 『いつでも夢を』

この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は、ノスタルジックで詩情が感じられる写真集。

『いつでも夢を』
上田義彦(赤々舎)

今年で開催5回目となる屋外型国際写真祭『T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2023』。東京の八重洲・日本橋・京橋の都心のオフィス街を舞台にして、日本を代表するクリエイターから次世代を担う美大・専門学生などの作品やプログラムが多数出展している。(〜10/29まで開催)

そのイベントの一環で10/8-9に開催されたのが『Print House Session 2023&フォトマーケット』だ。今年はアートブックを扱うflotsam booksとroshin booksが運営・ディレクションを行い、作家/写真家・出版社・書店・学生らによるフォトマーケットで、写真集やZINEを中心に、こだわりのモノづくりを感じられる書籍に出会うことができた。

今回紹介するのは、イベントに参加した際に、出版社・赤々舎のブースで見つけて一目惚れして購入した一冊だ。写真家の上田康彦氏が今年の夏に出版した、サントリーの烏龍茶の広告制作で訪れた中国の風景や人物を納めた写真集である。

 

上田義彦氏プロフィール
1957年、兵庫県生まれ。写真家。多摩美術⼤学教授。東京ADC賞、ニューヨークADC、⽇本写真家協会作家賞など、国内外の様々な賞を受賞。代表作に、『Quinault』(京都書院、1993)、『AMAGATSU』(光琳社、1995)、『at Home』(リトルモア、2006)、『Materia』(求⿓堂、2012)、『A Life with Camera』(⽻⿃書店、2015)、『FOREST 印象と記憶1989-2017』(⻘幻舎、2018)、『68TH STREET』(ユナイテッドヴァガボンズ、2018)、『林檎の⽊』(⾚々舎、2017)、『PORTRAIT』(⽥畑書店、2022)『Māter』(⾚々舎、2022)など。2011年より、Gallery916を主宰。

 

まず魅力的なのが、マーケットで多数の作品が出品されている中で圧倒的な存在感を放っていた表紙だ。

鮮やかなエメラルドグリーンに、草花のモチーフがプリントされた布カバー。そこに型押しされた、ドレスを纏い森の中で踊る4人の女性の姿。表紙の写真は1995年に福建省で撮影された作品だそうだ。幻想的でもありながらも自然な風景や素朴な人物の佇まいが広告に起用されていた世界観だと知ると、90年代の広告クリエイティブは消費の早い現代とは異なる趣き深さがあったのかもしれないと思う。

広告制作に合わせて、本作は1990年から2011年まで、中国の各地を旅した写真を納めた一冊だ。CM撮影に使われた広告的なカットも勿論ありながらも、街の雰囲気や暮らしが想像できるような写真が数多く納められており、旅の記録としての写真集としても充実している。
写真集の『いつでも夢を』というタイトルは、中国語では『永遠要憧憬』と表記され、その字面も美しいが、実際に当時の烏龍茶のCMに起用されていた昭和の有名な歌謡曲からとったそうだ。
実際に存在した90年代の中国の地方の空気感や、約20年の街の穏やかな移り変わりも写真から感じられ、歴史を収めた作品でもある。また、写真のどれもが土地柄も影響してか、霞がかったような質感で捉えられており、タイトルとリンクする部分も感じられた。

中国を訪れたことはなくとも、ページを捲るたびに不思議と懐かしく、郷愁のような感情が湧き上がる、特別な写真集だ。見かけたらぜひ手にとってみてほしい。

文・写真:ライター中尾


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